第18回移住者インタビュー『一般社団法人 邑サポート 代表理事 奈良 朋彦(なら ともひこ)さん』

奈良さん(蔵)

奈良 朋彦(なら ともひこ)さん
神奈川県海老名市出身
(一社)邑サポート 代表理事

住田町に来られたきっかけというのは。

東日本大震災の被災された方々が暮らす仮設住宅団地の支援をしようと住田町に来たのが最初です。もともとマンション等の集合住宅コミュニティ形成や、防災のまちづくりといったことを専門にしていたので、その分野で何かお手伝いが出来ることがあればと思いこちらに来ました。震災からしばらくして避難所や仮設住宅が建ち始めてから活動を始め、避難所や仮設住宅団地等でのコミュニティ形成支援を行っていました。

住田町にはいつ頃来られたのでしょうか。

2011年7月1日です。その日は、初めて住田町に来た日でもあり、また、住田町で活動を始めた日でもあります。

何故、住田町だったのでしょうか。

最初は、東京にも被災された方々が暮らす避難所があったので、何か支援出来ることがないかと探していたのですが、なかなか関わることが難しかったです。コミュニティに関わる仕事は行政や関係機関との連携がないと出来ない仕事ですので、たまたま縁のあったNPO法人愛知ネットという団体を通じて住田町を紹介してもらいました。愛知ネットは震災直後から被災地に入っていて、避難所等の炊き出しの支援をされていました。住田町に仮設住宅が建ったあと、愛知ネットとともに仮設住宅団地の支援を一緒にやらないかと誘われ、その後、一緒に活動を行うことになりました。
最初に住田町の多田町長(当時)にお会いした際に、多田町長から「この仮設住宅は、国や県からの補助に頼らず、私たちが独自に建てたのだから、絶対に孤独死を出すわけにはいかない。(孤独死を)出せば、私たちの責任になる。皆が無事に元の街に戻って暮らせるようになるまで、是非、ご支援をお願いしたい。」と、とても熱い思いをお話しいただきました。この方とであれば、絶対に一緒にやっていけると思い、活動を始めさせていただくことになりました。

仮設住宅団地の支援とは、具体的には。

最初は仮設住宅団地には自治会も集会所も無く、まずは、住民同士が顔を合わせ、どんな人々が一緒に住んでいるかを知り、住民たちの手で運営できる自治会を作るというところから始めました。次に住民による集会所の運営方法、そして運営が始まってからは、運営サポートを行いました。

現在も、ご自宅のある神奈川県から通いで、住田町で支援を続けられているということですが。

最初は、3カ月間の予定だったのですが、結局、伸びて、今年で8年目になります(笑)。最初は、その3カ月間で、仮設住宅団地のコミュニティ形成をし、関係する団体とボランティアとの連絡会を作って、団地の管理やルールづくりを定めるなどの基礎的なところをサポートする予定でした。その後、自治会長をサポートする仮設住宅支援員が3名配置されるということでしたので、支援員が配置されて実際に運営が始まったら、私たちはお役御免ということで帰るつもりでした。それが3カ月経ち、実際に運営が始まってみると、仮設住宅団地のコミュニティづくりは今までに誰もやったことがなく、役場や社会福祉協議会とともにもう少し一緒にやりましょうということで現在に至っています。

こちらでの収入については。

やはり、東京の水準と比べると低いですが、こちらに住んでいる分には十分です。

お住まいについては。

こちらに滞在している間は、法人で借りている事務所(一軒家)に寄宿しています。

こちらの事務所はどの様にして、探されたのでしょうか。

役場の方から空き家を紹介していただきました。

普段、お仕事は一人でされているのでしょうか。

私1名が現地スタッフということで、普段は一人で活動することが多いです。東京で活動している他のスタッフ3名とは、各々に住田での業務の分担を決めていて、その業務がある都度、2~3日ほど滞在しています。

他の職員の方は、どのぐらいの頻度でいらっしゃるのでしょうか。

月に1、2回程度です。

 

奈良さん(寄合)

 

現在の御活動について、お伺いしてもよろしいでしょうか。

仮設住宅団地の支援をしていく中で、コミュニティ形成支援もそうなのですが、入居されている方は、最後には仮設住宅を出て行くことを考えます。しかし、出て行くといっても安心できる家や仕事が無いと、出て行くことはできません。結局、仮設住宅を出て行くためには、町全体・気仙地域全体が良くならなければいけないということに気が付きました。震災前からあるような過疎地域特有のそういう課題にチャレンジしていかなければ、仮設住宅から安心して退居できないんだろうなと思い、現在の地域づくりの活動を始めました。

地域づくりの活動とは、具体的には。

現在は、4~5種類の活動をしていて、一つは仮設住宅団地の支援です。2つ目は、役場では個別に対応することが出来ないような身近な課題を、地区公民館単位で住民らが自ら解決する「小さな拠点づくり」という取組のサポートです。この取組は、今年(2019年)で3年目で、課題解決のために組織された住民組織の合意形成の方法や、運営方法、また、事業運営のやり方等について、住民が自ら考える会議の場を支援をしています。3つ目は、「よりあいカフェ」といって、一人暮らしの高齢者が家に引きこもることで認知症が進んでしまわないように、地域の方々とお茶っこするカフェのような居場所を作っていて、それをサポートする活動です。この活動では、カフェの運営や、カフェで月1回開催するイベント等のお手伝いをしています。4つ目は、町内の唯一の高校である住田高校で、在校生の学力向上等の支援や放課後の居場所づくりの活動をしています。住田高校は、町内唯一の高校です。住田高校が無くなってしまうと、地域の子どもたちが、中学を卒業すると町を出てしまうので、何とか存続させたいという思いで、高校を盛り上げる活動をサポートしています。

住田高校支援の具体的な内容とは。

この地域の子どもたちに学習支援をしているほか、一般社会のことや、都会の仕事や働き方、大学のこと等について語り、彼らの将来のキャリア形成に役立つようなことを支援しています。
高校を卒業し、大学や就職した先の会社等では、全国各地から来た様々な人と出会うことができ、世界が広がります。そういう感覚を、もっと早いうちから知っておいてもいいのかなと考えています。町では「地域創造学」として地域の人々と積極的に関わりながら郷土愛を育む教育に力を入れていますが、地域外のことについても学ぶ支援が出来ればと考えています。
また、私は個人的には、子どもたちが高校を卒業した後、地域から離れて活躍できるようなチャレンジが出来ることも大切だと思っています。一旦地域外に出て一人前になったあと、また地域に戻って来て欲しいという願いもあります。また、世界の最前線で活躍出来るような人になりたいという大きな夢を持つことも素晴らしいのではないかと思います。そういったことが住田高校でも叶えられるような支援をしていきたいと考えています。
そのほかに、学力向上の支援として、第2、4火曜日に寺子屋塾というのを独自に開催しています。住田町には塾が無く、塾に通うにも親の送り迎えが必要です。理系科目であれば教えてあげることが出来るので、理系科目が苦手な子や基礎学力を身に着けたいと思う子たちに自習の支援を行なっています。
夢の話かもしれませんが、住田高校の入学生確保については、この気仙地域からの入学だけでなく、「住田式少人数制教育」というような高校の特色を出して首都圏等の地域の外から集めるのも良いのではないかと思っています。

今後について。

これまで仮設住宅団地の支援ということで来ていましたが、それもいよいよ終わる時期になってきています。もともと被災された方々の支援で来ているので、ここが一つの区切りと言えば区切りではありますが、せっかくこれまで築いた環境や地域の方との関係がありますので、この8年に感じてきた地域の課題にチャレンジしていきたいです。できれば、この気仙地域で活動を続けるための方法を考えていきたいです。

現在は、どの様なことをお考えなのでしょうか。

地元の方が既に取り組んでいる仕事と競合するのではなく、地元だけでは出来なかった部分で何かお手伝い出来ることがあればと考えています。例えば、これまで誰も見向きもしなかったような既存のものに新たな価値を吹き込み、それを収入に変えていくようなことをしていかなければいけないと考えています。例えば、住田町には不動産屋がありません。現在、仮設住宅から出て、このまま住田町に住みたいという世帯がいらっしゃいますが、町営住宅は満室だったり、不動産屋も無いので住居探しに困っています。不動産屋があったらいいのにと思う場面がありました。私は宅建士免許は持っていないですが、以前、不動産流通の仕事をお手伝いしていた経験もあり、空き家の活用に関心があります。住田町には、親世代から受け継いだものの、子供世代は遠くに住んでいるために日々の管理が出来ないような空き家が数多くあります。年々傷んでいく家の補修や、不在の間の草刈りや風入れ等といった空き家管理等の仕組みを作りたいなと考えています。また、住田町には住む家を借りたいという人はいても、貸したいという人があまりいません。出来れば売ってしまいたいと言う人の方が多いようです。特に借りたいという若い世代にはシェアハウス等にして、移住者の受け入れなどに活用することが出来ればと考えています。貸し借りのマッチングやシェアハウスのコーディネートは、住田町でする人がいないので、チャレンジできないかと考えています。最近では、都会から地方に来て仕事をし、また次の地域に行っては次の役割を果たすという多地域で活躍する働き方をする若い人も増えています。そういった人たちのための流動性の高い不動産が必要になってくると思います。そうすれば入ってくる人も増えるでしょうし、もしかしたら、その中から地域を気に入ってくれた人が定住してくれ、結果的に移住者も増えるかもしれません。また、そうやって人が頻繁に出入りする方が、良いことがあるかもしれないと思っています。

陸前高田市では、貸したい人の方が多いという話を聞きます。

陸前高田市と住田町は、車さえあれば通勤圏内なので、もしそういったニーズがあるのであれば、住田町や陸前高田市内だけではなく、気仙地域広域での物件を紹介する移住支援システムみたいなものがあればいいのかなとも思います。不動産をきちんと流通させることが出来れば、気仙地域は都市部ほどではないにしろ人の出入りが活発になるかもと思っています。

 

奈良さん(仮設住宅)

 

コミュニティづくりや、まちづくりが御専門とのことですが、専門家の方から見て住田町というのは。

以前は、人口40万人の(東京都の)江東区で仕事をしていましたが、それに比べると、住田町の人口5千人の行政というのは、とても動きがいいと思います。東京では人口も多いので決められた手続きを踏み、決められたことしか出来ませんが、住田町ではもっと自由度が高く、住民の意見を丁寧に聞いて実現に手助けしてくれる風潮があると思います。例えば、若者の居場所づくりにもなる音楽サークルに対して、それが地域づくりへの貢献にもなるということで、楽器の購入に補助金が申請出来たりします。東京では人も多く、中々、そこまでに補助金をもらうということは難しいです。その他にも、住田町では住民からの提案に前向きに話を聞いてくれるという印象があります。もちろん何でも出来るわけではないですが、駄目な時は駄目で、役場の方も一緒になって考えてくれます。東京の行政に比べると、そういうところがいいなと感じています。また、東京で区長というと雲の上のような存在で中々会うことが出来ないですが、住田町では町長との距離も近く、すぐに会うことが出来ます。それもまたアットホームでいいなと思っています。