第20回移住者インタビュー『住田いちごは品質の高さが魅力』住田町地域おこし協力隊 菊池 一晃 さん

菊池さん トップ画菊池 一晃(きくち かずあき)さん

埼玉県深谷市出身

住田町「ストロベリープロジェクト」地域おこし協力隊

住田いちごの存続に向けて事業継承するため、いちご農家さんの元で研修されている。

 

-御出身は。

埼玉県出身で、大学生時代から宮城県仙台市に住んでいました。卒業後はそのまま仙台で不動産会社や建設会社に勤務してきました。

 

-住田町に移住されたきっかけは。

家族とともに、欲の少ない自然に恵まれた土地で、自然体で生きていきたいと思ったのが主なきっかけです。

現在、小学6年生と小学4年生(双子)の子ども、計3人の子どもがいます。

長い人生のうち、子ども達と一緒に過ごせる時間のおよそ半分が過ぎてしまっているんだなと思った時に、自分はこれまで仕事ばかりしてきて、一体、何のために子ども達を育てているのだろうと疑問に思うようになりました。

勤務していたのはとても忙しい不動産会社で、取り扱うものは金額的にも責任もストレスも大きく、体調を崩した時期もありました。休日出勤もありましたし、休みの日も仕事のことばかり考えていたり・・・。

もっと子ども達と一緒に、ゆっくり過ごせる時間を増やしたいという思いが生まれ、今よりは時間的・精神的に余裕のある仕事に就きたいと考えていました。

都会にいると「人より少しでもいい生活をしたい」とか、収入が高くなると「もっと多く貰えるようになりたい」という、欲を欲で塗り替えるようなところがあって、このまま仕事だけ続けていても「欲にキリがない人生だな」という思いになりました。

そんな時、転職先を探すために農業に特化した求人サイトを見ていて、住田町の「ストロベリープロジェクト」の記事を見かけ、かつていちご一大産地であった住田町のいちご生産を途絶えさせないという任務であることを知りました。いきなり一から農業を始めるのではなく、3年間の研修期間を経てから事業継承することができるとの事で、それで生活できればいいかなと思い応募しました。

 

-移住やいちご農家への転職について御家族の反応は。

特段反対はありませんでした。むしろ、いちごの話を子ども達にした時には「いちごいいよね!カワイイし、おいしいよね!」、「いっぱい食べられるんでしょ?」と目を輝かせていたぐらいです。

 

-菊池さんは埼玉県出身ということでしたが、奥様も県外出身なのでしょうか。

そうですね。妻は宮城県気仙沼市出身です。なので、妻の実家が近いのも、応募した理由の一つでもあります。

 

-御夫婦お二人とも県外出身となると、移住する前は不安なども多かったのではないでしょうか。

僕はどこでも生きていけると思っているので、北海道だろうと、沖縄だろうと「住めば都」と言いますし、自分が選んだ環境の中で、最大限の力を発揮する事が大切だと思います。なので、僕としては全然不安に思っていませんでした。

ただ、妻と子どもありきの移住でしたので、まずは子ども達が田舎に対応できるかなとか、馴染んでいけるかなといった不安はありました。妻に関しては実家が近くなりましたので、ちょくちょく帰省したり、何かあった時でもすぐに対応できるので、安心感もあったと思います。

 

-移動手段などはどうされていますか。

車移動が主です。仙台に約20年住んでいて、車も所有していました。仕事でも乗っていたので、運転は全く問題ありません。事前に調べていましたが、住田町は雪もそれほど多くないとのことでしたので、雪道も心配はありませんでした。

ただ、車の走行距離は以前より多くなりましたので、ガソリン代は高くなりましたね。また、都会ではペーパードライバーだった方が、車の運転に慣れるという点では、交通量も少ないのですごく良いところだと思います(笑)そもそも車が無いと生活できないくらいに思いますが。

車生活になると、基本的にドアtoドアでの移動になりますので、実は田舎での生活は都会よりも歩かなくなり、運動不足になると思いますのでご注意ください。

 

-以前と比べると新幹線の駅が遠くなったと思いますが、問題はなかったでしょうか。

全く問題ないです。仕事をしている時はよく使っていましたが、今は乗ることがありませんので。埼玉に帰省する時も車で移動します。

菊池さん 中盤≪いちごの苗の手入れをしている菊池さん≫

-収入等は移住する前と比べてどうでしょうか。また現在の住まいは。

収入は以前より減りました。今は毎月の給与と上限5万の住宅手当が支給されています。収入が移住の目的のすべてではありませんので、今の生活には満足しています。

移住するための住居を探す際、インターネット上では数件のアパートと、築50年ぐらいの戸建て数件しか物件がありませんでした。また、住田町の取り組みで、空き家を部分リフォームして賃貸している定住促進住宅や、町営住宅を紹介されたりもしました。

アパートは部屋のわりに賃料が高すぎでしたし、町営住宅は2LDK、戸建ては築50年で古すぎるし・・・と悩んでいました。私自身、不動産業界で働いていたこともあり、こういった場合には不動産会社へ電話で直接聞くほうが、掘り出し物件が出てくる場合があることを知っていました。大船渡の不動産会社から、そういえばと紹介されたのが住田町中心部にある戸建てで、築21年で6万円。間取りは5LDK。ここしかないと思い、すぐに決めました。

仙台で築21年の5LDKだと、立地条件にもよりますが、10万円を超える位の家賃になると思います。それが住田町だと6万円。住宅手当が上限5万円支給されるので、実質家賃は1万円です(笑)

他には、農家同士で仲良くなるといただき物があったりします。特に野菜は今高いですからね。こないだも、少し太めのねぎが3本で198円で売っていて高いなぁと。

 

-農家ならではのいただき物ですね。そういったいただきものは奥様も助かるのでは。

家計を預かる妻も不自由なく楽しんでいると思います。買い物は近くにドラッグストア、ホームセンター、個人経営のスーパー、コンビニがありますし、日常の買い物には苦労しません。週末にはまとめ買いで陸前高田や大船渡、遠野のスーパーで買い物します。

 

-お子さんが3人いらっしゃるということでしたが、お子さんは住田町での学校生活等は楽しんでいますか。

少人数で、幼い頃からの関係性ができている中にポンと入っていきますし、移住してきてからすぐに学校行事が目白押しで、学校に慣れるまでは子ども達のケアが大変でした。今は学校行事もひと段落して、子ども達もやっと落ち着いたかなという感じです。

仙台の小学校は、平均的には恐らく一学年で60~80人くらいかと思います。多いところは100人を超えるところもあるので、こちらより生徒と学校との関係性が希薄だと思います。行事があっても積極的な子どもは多くなく、「やりたい人がやればいいんじゃない?」と、そんな感じです。

うちも今までは自分から積極的に関わっていく事が少なかったので、「住田町では生徒全員が主役!」という仙台との違いが、多少ストレスになっていたようでした。

行事などに積極的に関わっていく中で、周囲と協調性をもって課題や問題を自分たちで解決していくことや、行事を成功させるにことによって、今後の自信に繋がると思いますので、子ども達にとっても良い環境になったと思います。

 

-移住されてから家族で楽しんでいる・満喫しているもの等ありますか。

今までは子どものケアに注意していましたので、今のところは無いですね。これからです!来年は、気仙川でアユ釣りを一緒にやりたいなと考えています。種山ヶ原でキャンプ&星空観賞とかもいいですね。

また、地域の風習・文化を見て喜んでいます。子ども達は秋の学習発表会で『水しぎ』という風習がある事を学びました。今月の24日に行われると聞いていましたので、見てみたいなぁと。

 

●『水しぎ』

毎年1月24日に行われる、住田町世田米に約200年前から伝わる火伏せの奇習。

奇抜な格好に仮装した一団が木の棒で一斗缶を打ち鳴らしながら町内を巡回する。

 

-仕事以外で何かこれからやってみたいこと等はありますか。

小学校から高校まではサッカー、仙台に来てから県リーグでフットサルをやっていました。大きなけがをしてしまい、県リーグは引退しましたが、復帰後は初心者でチームを作り、経験者として一からチームの育成・運営していき、県リーグ昇格戦まで昇りました。

6年生の子供の同級生に、同じく移住してきた子がいて、その子のお父さんと初めて会った時に何かやってるんですか?みたいな話をしていたんです。子どもがサッカーをやっているけど、住田のスポ少には野球とバレーしかなくて、クラブチームがある大船渡まで通っているとの事でした。人数が少ないから仕方ないですが、サッカーチームは作れないんですね。

住田町で、個人参加型のフットサル教室でも作ってみようかなと。運動不足・ストレス解消になりますので、多少の需要はあるかもしれませんね。

 

-お仕事について。住田町の「ストロベリープロジェクト」に応募され、現在は事業継承のため研修中とのことですが、住田町や住田いちごについては以前からご存じだったのでしょうか。

初めて住田町を訪れたのは、応募する前の段階です。応募の判断材料として、住田町農政課の担当者から小中学校も含め、町内を案内していただきました。それまでは全く知らなかったです。妻の実家が気仙沼なので、帰省時に観光で陸前高田市や大船渡市までは来たことがあったのですが、少し内陸に入ると住田町というところがある事は知らなかったです。

 

-では、住田いちごも・・・

求人サイトの記事を見て初めて知りました。宮城県だと、いちご産地としては山元町や亘理町が有名ですが、住田町も以前はそんな感じだったんだろうなぁという漠然としたイメージしかなかったです。

 

-そうだったんですね。今、実際に育てられて、御自身でも住田いちごを食べる機会もあったと思いますが、菊池さんの思う住田いちごの魅力は何でしょうか。

研修先の菅野さん(菊池さんの研修先の農家さん)のハウスの中で、初めていちごをいただいた時は衝撃的でした。瑞々しくて、コクのある甘味と酸味のバランスが非常によく正直に今まで食べたいちごの中で一番。住田のいちごは、品質の高さが魅力だと思います。

あとはこれをどう売るかだと思っています。将来は通販で直売することや、仙台・東京で売ることも考えています。先月行われた住田町のクリスマスイベントの時に、東京でシェフをやっている坂東さん(第7回移住者インタビューに出演)とお会いして、是非東京でも出しましょう等とお話しをしたりしています。

いちごを一番おいしい状態で召し上がっていただけるように、できるだけ株上完熟で出す方針です。でも、そこまで成らせると苗への負担も大きく、一つの苗に多くの実は着けられません。鮮度的にも朝に収穫して、その日のうちに発送するぐらいでないと難しいと思っています。

 

菊池さん いちご

≪菊池さんの研修先の農家さんで育てているいちご≫

-農家として仕事をしていく中で心配なこと等はありますか。

もちろん、独立してやっていけるかは正直不安ですが、自分が選んだ道ですので、本気でやっていきます。これからさらに農業人口が減っていく中で、将来的には、以下に農地を集約できるかというところがポイントだと思っています。

あとは、夏の間に何をするかというところです。菅野さんとも話しましたが、ハウス栽培の技術を活かして、キュウリやトマトがいいんじゃないかと話されていて。

いちごの収穫は、11月下旬から翌年5月~6月が時期となり、収穫が終わると翌年の苗を採苗し、8月下旬~9月上旬の定植まで小苗を育苗します。育苗期間中も忙しいですが、収穫期と比べると、多少は余力があるかなと思います。やろうと思えば他にもやれそうだなと。

 

-最後にこれからの夢についてお聞かせください。

やはりまずは、いちご農家として独立することが目標です。

その先の目標としては、農業は6次産業化が進んでいますので、生産物を加工して販売していくところまで、自分でやっていければと思っています。まだ漠然としていますが、いちご専門のスイーツショップなんかできればいいなと。娘にバイトしてもらったり(笑)

また、今、研修先の菅野さん(栽培歴20年)から技術を学ばせていただいていますが、菅野さんがそう呼ばれたように、いちごの事なら菊池に聞けと言われるくらいになりたいです。菅野さんの下には、県外からも農家や資材メーカーが視察に来るほどです。

これから農業もICT・IoT化が進んでいきますし、活用しなければならないと思いますが、全ての作業を自動化・機械化はできません。機械が得意な部分は機械に任せますが、人にしかできない作業は、やはりひとがやるしかありません。それはどんな産業でも一緒だと思います。そもそも機械を制御するのは人ですし。

例えば、いちご栽培では「苗の手入れ」は人にしかできない緻密な作業です。経験と勘が必要な、腕の見せ所でもあると思います。

菅野さんのように美味しいいちごを作る、いちご名人になりたいと思います。

 

 

☆ 今回お話しを伺った菊池一晃さんは「けせん食財通信」でも取材させていただきました。ぜひ、「第4回けせん食財通信」の記事も併せて御覧ください。(後日掲載予定)