第25回移住者インタビュー『目指すのは「みちのく潮風トレイルを歩く、すべてのハイカーに優しい街」』一般社団法人陸前高田市観光物産協会 多勢 太一 さん

多勢 太一(たせ たいち)さん

千葉県出身

地域おこし協力隊

一般社団法人陸前高田市観光物産協会

-御出身はどちらでしょうか。

千葉県船橋市です。

-移住しようと思ったきっかけを教えてください。

一番大きいのは新型コロナウイルス感染症の影響ですね。移住するまでは東京で一人暮らしをしていたのですが、東京の勤めていた会社で一日中リモートワークをしていて、それで体調を崩してしまって。また、僕自身、もともと地方での暮らしに憧れがありました。都会よりも地方での暮らしの方が自分の肌に合っていると思ったのが、移住を考え出したきっかけです。

-地方での暮らしのどの点に憧れを抱いたのですか。

人とのつながり、結びつきが強いところです。僕はそういうのがすごい好きなんです。東京ではアパートで暮らしていましたが、お隣さんが誰なのかわからないし、声をかけたり挨拶を交わしたりすることも全然ありませんでした。そういう暮らしが無機質というか、あまり温かみを感じないというか。だから、地方での暮らしに憧れがありました。

-陸前高田市に移住してからの暮らしは、東京での暮らしとは違うものでしたか。

そうですね。来てよかったです。今は、広田町にある空き家を借りて暮らしているんですけど、そこの大家さんがとても良い方で。ご飯に誘ってくださったり、カキフライをお裾分けしていただいたりしました。大家さんだけではなく、近所の方々からもお裾分けをいただくことが多く、非常にありがたいです。隣人との付き合いを大事にする暮らしをしたいと思っていたので、とても嬉しいですね。相互扶助と言ったら大袈裟かもしれませんが、お互いが支え合うような暮らしが、人間の本来あるべき姿だと思っていて、そういう暮らしが陸前高田ではできると実感しています。

-移住をするまでにどのような準備をしてきましたか。

新型コロナウイルスの影響で現地に行くことができなかったので、全国の移住先をオンラインで徹底的に情報収集しました。

物的な準備については、借りる予定の空き家にある程度家具が備え付けられていたので、東京から持って来たものは食器や服ぐらいでした。布団や毛布は大家とか知り合いの方とかにお借りしたものを使わせていただいています。

-全国の移住先について調べたとのことでしたが、その中から移住先を陸前高田市にした決め手は何だったのでしょうか。

東京で付き合っていた彼女と一緒に移住したのですが、移住をする上での3つの条件を二人で相談して決めました。一つ目が「お互いがやりたい仕事ができるかどうか」、二つ目が「移住にかかる初期費用をできるだけ減らせること」、三つ目が「できるだけ千葉に近い場所かどうか」です。この条件に照らし合わせた結果、陸前高田市が一番いいだろうっていう結論に至りました。他にもたくさん条件はあったのですが、一番はこの3つを軸にして決めました。

〈5月に米崎リンゴの受粉作業を体験したときの1枚。この時に生まれて初めてリンゴの花を見たとのこと。〉

-移住をしたのはいつ頃ですか。

2020年9月28日です。その日の夜がすごい冷え込んだんですよね。寝るものとか何も持ってきてなかったので、市内の衣料品店で簡素な寝具を買いましたが、それでも寒かったです。風邪をひくかと思いましたね。

-移住初日から波乱の幕開けでしたね。実際に陸前高田市で生活してみて感じたことはありますか。

たくさんあります。まず、陸前高田はご飯が美味しいですよね。「これは太るな」って思いました(笑)。海の幸も山の幸もありますよね。春は山菜、”しどけ”(モミジガサ)とか”ばっけ”(ふきのとう)とか初めて食べましたが美味しいですね。”たらぽ”(タラの芽)とかも天ぷらにして食べましたね。ご近所さんからタケノコも貰いました。ウニやカキも新鮮ですごく美味しいです。

それから、陸前高田ってこれからいろいろな挑戦が始まるフェーズだと思うんです。今はまだ建設中のものもありますけど、公共施設などハード面はほぼ整備されてきて。今後は、震災前から変わらずあるもの、震災後に新しくできたものをどう上手く活用していくかという段階にあると思います。そういった意味で、「挑戦できる環境」が陸前高田には揃っていて、面白い場所だと思っています。

-移住してみて良かったと思う点を教えてください。

良かったと思う点は、ご飯が美味しい点と、挑戦できる環境が整っている点と、それからいろいろな方とつながることができる点ですかね。陸前高田で生活していくうちに、移住者同士のつながりや地元の方とのつながりが増えました。そうやってつながりを増やしていくうちに、陸前高田って何かしらに秀でている人がたくさんいる!ということに気づきました。凄く貝について詳しいだとか、植物について詳しいだとか、そういうスペシャリストみたいな人が陸前高田にはたくさんいるんですよ。そういう人たちとつながって、自分の知らないことを教えていただいたり、それをもとにこんなことをやってみようって話したりすることができる点がすごく良いところで、来てよかったと思います。

-移住者同士のつながりが増えたとは、どのように交流するのですか。

陸前高田市観光物産協会のスピンオフチームである「たかたコンテンツらぼ」っていうサークルみたいなものがあって、今、だいたい50人くらい参加しているんですよ。陸前高田に眠っている魅力を大事にして、自分たちが楽しんだ上で、発信していく活動をしています。その「たかたコンテンツらぼ」の中に、例えば、陸前高田のグルメを紹介する「食レポ部」や、「みちのく潮風トレイル」のルートを歩いて地域の魅力を知る「トレイル部」、お酒好きが集う「酒場部」など、様々な部があって。そこでの活動に毎回参加させていただいて、地域の魅力を発見しながら、地元の方や移住者の方々と知り合っています。

みちのく潮風トレイル:青森県八戸市から福島県相馬市までの太平洋沿岸をつなぐロングトレイル。海の景観をダイナミックに感じるスポットの豊富さが魅力です。気仙管内では、鍬台峠や羅生峠、綾里崎の岬を巡る「大船渡市北中部ルート」、綾里崎の尾根を進み大船渡港へ抜け、碁石海岸の景勝地を巡る「大船渡市中南部ルート」、奇跡の一本松をはじめとした震災遺構や、広田湾の牡蠣筏や米崎町のリンゴ畑などの風景を楽しめる「陸前高田市ルート」があります。【出典:「みちのく潮風トレイル」(環境省)(外部リンク)

〈トレイル部でみちのく潮風トレイルの陸前高田市ルートを歩いたときの1枚。海岸線の遊歩道を歩きます。〉

-逆に、不便だと思った点を教えてください。

不便なところ…。正直そんなに感じたことないですけど、移住した初日に思ったのはバスの本数が少ない。東京メトロとか何分に一本っていう間隔で来るんですけど、こちらではそんな間隔では来ないじゃないですか。僕自身にとってはそれは特に問題ありませんけど、観光客の方からしたら不便なのかなって思いますね。

それと、現在の陸前高田の地図がカーナビに反映されていないことですかね。昨年の9月中旬に住居探しのために車で千葉から陸前高田まで来たんですけど、カーナビが震災前の高田の地図のままで道が全然わからなくて大変でした。Googleマップは現在の情報がしっかり反映されていたのでそれを使って何とかなりましたけど、Googleマップを持っていない人や、そもそも使い方がわからない人もいると思うので、そういう場合は大変だろうなって思いました。

-バスの本数が少ないとのことですが、地域内の移動は車ですか。

はい。石巻のカーシェアリング協会さんとリース契約をして、車をお借りしています。移動においては、やっぱり車がないときついですよね。逆に、車があれば生活していく上で楽になるかなと思います。

-移住してから印象深かった出来事はありますか。

毎日が刺激的だから、これっていうのがすぐ出てこないですね…。ちょっとマイナスなことかもしれませんが、年末年始に実家に帰省しまして。それで実家から陸前高田に戻ってきたら、水道管が凍ってて水が出なくなっていたんですよ。水抜きしていたはずなんですけどちゃんと抜けてなかったみたいで。水道屋さんを呼んで修理してもらいましたけど、直るのに1~2週間くらいかかりました。しかも修理代もすごい高かったです。大家さんに相談したら9割近く修理代を負担してくれて、すごいありがたかったです。水抜きのやり方とか全然わかんなかったので、すごい大変でした。それが印象に残っています。

-移住してからまだ日が浅い中でのそれは結構なアクシデントでしたね。

そうですね。去年の年末すごい寒かったじゃないですか。雪もたくさん降って。あれでやられましたね。当時はすごいショックを受けましたけど、今となっては笑い話というか。「来年はちゃんとやろうね」って話して終わりました。

-現在のお仕事について、仕事内容やその職に就いた理由を教えてください。

今は、陸前高田市観光物産協会で働いています。決まった仕事があるわけではなく、本当にいろいろな業務をさせていただいています。たとえば、震災遺構の案内をするパークガイドや、みちのく潮風トレイルのイベント企画・実施、当日のトレイルガイドもしています。Twitter、Instagram等のSNSの運用、HPの更新、市内の飲食店さんに取材をさせていただいてHP上で記事を書いたり、インバウンドやトレイルガイド研修に参加して勉強したりしています。本当に多岐にわたるって感じですね。

この仕事を選んだ理由は、観光が好きだっていうのが一番の理由です。元々旅行が好きで、学生のときに国内外問わずいろいろな場所をバックパッカーとして回っていました。

それから、今年の3月で震災からちょうど10年が経過して、復興予算も少なくなってきていると思います。いつまでも国や行政の予算に頼るわけにはいかなくて、自分たちの自主事業を作って新しいことをやっていかなければならないフェーズにあって、その中に自分も関わっていくことで、いろいろなことが経験できるんじゃないかと思ったのも大きな理由の一つです。市内ではどんどん新しいことが始まっていますし、僕はそういうのが好きなのでこの環境を選びました。

-仕事内容について、やる前とやった後でギャップを感じたことはありますか。

そんなにギャップというギャップはないですね。事前に桒久保(くわくぼ)事務局長(※)に「どんな仕事内容なのか」とか「この組織はどんなところを目指しているのか」とか「どんな人材を必要としているのか」とか、すごい根掘り葉掘り聞いていたので、そんなにギャップは感じなかったですね。

 ※ 第21回移住者インタビュー(外部リンク)

-移住する前から就職先は陸前高田市観光物産協会に決まっていたのですか。

そうですね。そもそもは地域おこし協力隊の制度を活用しようと思ったことがスタートですね。いきなり移住をするというのもハードルが高いので情報収集をたくさんしていたのですが、その過程で地域おこし協力隊の存在を知りました。「JOIN」っていうサイトがあるんですけど、そのサイトの中で「現在地域おこし協力隊の募集を行っている自治体」が紹介されていて、その中に陸前高田市もありました。

陸前高田市の地域おこし協力隊は、そのときによって募集テーマが違っていて、僕のときは「観光促進」と「移住・定住」と、特定非営利活動法人LAMPさんで生産している米崎リンゴの「販売促進」の3つでした。その中でも観光の分野に興味があったので「観光」に応募しました。タイミングによっては募集の有り無しがありますが、僕の場合、たまたま地域おこし協力隊の募集が陸前高田であって、たまたま陸前高田で興味のある仕事があって、それで応募したら受かって観光物産協会に決まったという感じです。

地域おこし協力隊は移住のハードルがすごく下がりますね。車も協力隊の活動経費で借りることができましたし、家賃補助も出ます。移住者にとってこれは使わない手はないだろうと思うくらい、補助が充実していますね。ただ、地域や就職先の企業によって経費や補助の出る出ないがあるので、その点は注意が必要ですね。

-陸前高田市のおすすめスポットはありますか。

たくさんあります!僕はご飯が大好きで、観光客の人に聞かれたときに答えられるように、お昼はほとんどが外食するようにしているんですけど、陸前高田市には美味しい飲食店が多いと思います。昨年12月にオープンした陸前高田発酵パークCAMOCY(カモシー)もお気に入りです。市内の飲食店をインタビューさせていただく中で気づいたんですけど、それぞれのお店でいろんなこだわりや工夫、想いがあって、そういうのを知るとご飯がより美味しく感じるというか。よりお店のファンになってしまいますね。

自然系でいうと、陸前高田は季節によって景色の移り変わりを見れるのが良いですね。私は箱根山に登って星空を見るのが好きです。空気が澄んでいる冬は特に綺麗で、東京では見れないような星空を見ることができます。それから、家の前から見る海もすごい好きですし、黒崎仙峡のトレイルルートも休みの日に歩くことが多いです。米崎町に海の見えるリンゴ園があって、5月になるとリンゴの花が綺麗に咲くんですよね。あの辺りもすごく好きなポイントです。それから、広田の大陽漁港に行くルートが海岸沿いに曲がる感じになっているんですけど、そこは海が視界一面にパッと広がるところなんですよね。そこを歩くのも好きです。あとは矢の浦漁港近くから見る夕日がすごく綺麗ですね。牡蠣筏が並ぶ風景もお気に入りです。今あげたスポットは全部、みちのく潮風トレイルの陸前高田市ルート上やルート近くにあります。おすすめスポットたくさん出てきちゃいました(笑)。

〈牡蠣筏が並ぶ矢の浦漁港近くから見える夕陽。飛行機雲がお出迎えしてくれたとのこと。〉

〈箱根山で撮影した冬の満天の星空。都会では見れない星空を独り占めできます。肉眼で流れ星が見えることも。〉

-陸前高田市で暮らしていく上での今後の目標ややりたいことはありますか。

陸前高田のことを深く理解することが、今自分が一番やるべきことだと考えています。まずは陸前高田の魅力や課題を、歴史や背景も含めて理解すること。理解して初めて、地域の課題を解決するための持続的な事業の開発に関わりたいと考えています。そう考える理由は、僕は陸前高田のことを何も知らない状態で移住してきたからです。魅力も課題も何もわからない段階で、急に移住した若者がやりたいことを好き勝手にやったとしても持続性がないですし、地域の人の迷惑になるだけだと思います。

陸前高田には良いところがたくさんあります。それは、知れば知るほどより強く感じます。歴史とか自然とか文化とか、昔からあったものが現在にも脈々と受け継がれて、現在につながっている。確かに震災で大きな被害はありましたが、独特な風習とか文化とか自然とか残っている部分も多くある。そういう元々あるもの、ずっと守られてきたものを大事にしていきたいですし、そこにこそ可能性があると思います。陸前高田はどうしても被災地っていうイメージが強いですけど、それだけではないことを伝えたいです。

陸前高田に移住してから9カ月が経ちましたが、その間に多くの人から話を聞いたり、研修に参加したり、本を読み漁ったりして、陸前高田の魅力や課題を自分なりに勉強してきました。その結果、今はみちのく潮風トレイルを活用した地域づくりに取り組みたい思いがあります。みちのく潮風トレイルは、青森県八戸市から福島県相馬市までの三陸沿岸4県28市町村をつなぐ、1025kmの歩くための道。みちのく潮風トレイルを歩くことで、地元の方々との何気ない交流が生まれたり、常に三陸の豊かな自然とともに共存してきた歴史と、その中で育まれたその土地ならではのライフスタイルを知ったりすることができます。

実際に1人で青森県八戸市から福島県相馬市までの1025kmを2か月かけて歩いたハイカーに話を聞くと、意外な答えが返ってきました。「お茶っこしていけ!」と声をかけてくれた人や、テント泊はかわいそうだからと自宅に泊めてくれた人、庭の柿をお裾分けしてくれた人など、地元の人との心温まる交流が一番印象に残っていて、またその場所に(その人に会いに)行きたいと思っている、と。正直、驚きました。僕はてっきり三陸の主要な観光地が印象に残ったのかと思いましたが、一番の魅力は「地域に住む人との温かな交流」と「交流を通じて知る地域ならではのライフスタイル」であると気づかされました。

みちのく潮風トレイルを歩くハイカーにとって優しい地域づくりをすることで、何度でも地域に足を運んでくれる人口が増え、地域における消費も増え、地元の人も自分たちの地域にさらに誇りが持てるようになると思います。今は、陸前高田を深く理解しようと勉強している段階ではありますが、みちのく潮風トレイルの可能性を信じていますし、今後もみちのく潮風トレイルを活用した地域づくりに関わっていきたいです。

〈地元の漁師さんとの交流もあったそうです。車ではなく、歩くからこそ生まれる交流です。〉

-最後に、陸前高田市への移住を希望している人たちにメッセージをお願いします。

陸前高田はこれからどんどん発展していく町、いろんな可能性を秘めている町だと思います。面白い取り組みもあるし、面白い人もたくさんいます。そのような環境で生活や仕事をしたいという人にぜひ来てほしいです。

僕自身も、ありがたいことにいろいろな仕事をさせていただいていますが、いろんな仕事を経験しながら自分の一生をかけてやりたいことを探すのに、陸前高田は絶好のフィールドだなって思います。田舎的な暮らしと仕事を両立できるバランスの良い環境なので、ぜひ多くの人に来てほしいと思います。

陸前高田市観光物産協会 ホームページ(外部リンク)

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