第3回 移住者インタビュー『岩手県は素材としてはたくさんある』 大関 輝一さん

大関 輝一(おおぜき てるかず) 東京都出身 大船渡ゲストハウス代表 大船渡市市民活動支援センター代表(2018年1月末日現在)

“行って見てみないと状況は分からない”

―大船渡市に来られたきっかけは。

東日本大震災です。震災の2週間後に大船渡に来ました。もともと、大学生の時から1995年の阪神淡路大震災、2004年の中越地震とボランティアで支援活動をしていて、震度7レベルの地震があれば、被災地へ行き支援をするということは決めていました。東北には縁もゆかりもありませんでしたが、大学生の頃から通っていた美容院の奥さんが大船渡市の出身で、被災をして自宅が流されたということで、大船渡へ来ました。仙台から45号線を北上して、大船渡へ入りました。

中越地震の支援へ行った際に、情報が現地から来ないということは、SOSを出したくても出せないぐらい、被災状況が深刻である可能性が高いことを知りました。空撮以外の映像(情報)が東京など被災地外に来ているということは、マスコミが被災地域に入れており、マスコミが行けるということは、道路がなんとか被災地まで通り、人、モノ、お金、情報が被災地に届き、復旧活動が無事始まっている可能性が高いことを知りました。今回、宮城県の情報は比較的東京まで来ている一方、岩手県の情報はほとんど来ていなかったので支援へ行くのなら、支援不足が懸念され、かつ東京から距離が遠く支援が届きにくい岩手県だなと思いました。

大船渡まで被災地域を車で走り、大体の状況が分かり、これは長期、最低3年以上は支援活動が必要であると思いました。長期滞在準備の為、ひとまず東京へ戻りました。十日後に戻り、沿岸被災地は被災者も困るほど住む所がなかったので、被災地まで車で1時間の遠野市に拠点を置きました。遠野市では遠野まごころネットと一緒に活動を行い、阪神淡路大震災や中越地震でのボランティア経験があったので、ボランティアのコーディネートや支援活動についてアドバイス、救援物資の提供などを行いました。また、自分の活動としては、東京での生活困窮者支援の経験から、炊き出しや救援物資の配布の他、大船渡市内外の支援団体や大船渡市、社協、民生委員さんなど大船渡市内で支援活動を行う方々の支援調整会議の立ち上げとファシリテートを行いました。

 “次のフェーズを考えなければいけない”

―被災地の今後について。

中越地震の被災地は今も通い続け、約10年間以上見てきました。最初はボランティアや大勢の人が押し寄せて来ますが、次第に減り、5年、10年も経てばほとんど人は来なくなります。三陸沿岸の被災地もそうなるのではないか。2012年頃から、次のフェーズ(段階)について考えなければいけないと思い始めました。1993年に津波被害に襲われた北海道の奥尻島に2012年に訪れました。支援活動をしていて、やはり地震と津波は要所要所で違うなと感じていたので、10年後20年後の津波被災地はどうなるのかと思い、視察に行きました。奥尻島では被災後、人口、経済、産業の全てが、被災前の半分にまで落ち込んだことを知り、三陸沿岸被災地も同じ事になるのではないかと強いショックを受けました。そして“災害支援”や“復興”という冠のつかない、三陸にもともとある魅力を活用した持続可能な新しい事業や産業をつくる必要性を感じ、ここでは何で勝負できるだろうかと考え始めました。

“三陸の海は美しい”

被災者の支援で物資調達をしている際に、三陸の海を見てとてもきれいだなと思いました。大学生の時にBackpackerをしていて、世界遺産など海外の名だたる美しい景色や場所を色々と見てきました。それらと比較しても三陸は引けを取らない資源があるのに、ほとんど活用されていないように感じ、この地域の観光にはまだまだ伸びしろがあると考えました。観光の基本となるのはまず宿泊です。海外では、安く泊まれ、旅人同士また地元地域と交流のできるゲストハウスやユースホステルといった宿泊施設はどこにでもありますが三陸を含めた東北地方にはほとんど安宿がありません。

支援活動を初めて3年目に大船渡の人から紹介してもらい、現在の家を借りることができたので大船渡に拠点を移しました。都内からの大学生などボランティアの宿泊施設としても使えるよう大きな家を借りていたので、2014年ころから整備を進め、旅館業法の許可を頂いて、現在の大船渡ゲストハウスを始めました。またゲストハウスの噂を聞いて、大船渡の方から相談され、空き家となっていたプライベートビーチ付きの絶景別荘をお借りして、現在は2軒で運営しています。観光Mapも作成しましたし、今は大船渡の花・椿を原料にした椿せっけんなど、お土産作りに取り掛かっているところです。

“大船渡は外から来やすく、暮らしやすい”

―大船渡市に来てみて。

被災者の支援で様々な地域へ行きましたが、大船渡市は外から来る人にとって、比較的来やすく、気候も温暖なので暮らしやすいところだと思います。これは推測ですが、大船渡市は昔から市外の企業が多く、大学もあったので、単身赴任者や外からの来る人に慣れているのかなと。外の人に対する抵抗感が少ないのではないかと思います。

“移住者は大船渡に来て、どう幸せになれるのか”

―移住については。

移住に関しては、移住者を呼んでくるということよりも、移住者が大船渡に来てどう幸せになれるのか、どのように豊かな暮らしを移住者に提供できるのかを考えることが重要だと思います。現在の人口減少・移住・定住政策は、人口の数だけを見ていて、来る人の気持ちをほとんど考えられていないと感じます。自分の街の人口の数が減ってきている、子どもも少ない。それでは外から人を呼んできて数を増やそう。それは自分に都合が良いだけでwin-winの関係ではありません。移住者には移住者の人生があり、移住者が実際にその地域に住むことによって、何を得ることが出来るのか。どの様に前の土地よりも豊かな暮らしをおくることが出来るかを具体的に伝える必要があります。例えば、東京よりも家賃も物価も断然安いまたは移住のサポートとして家賃補助がある。人が優しく、人間関係も豊かになれる。海も山も川もあり、星空は美しく、休日は大自然の中で遊べる。海の幸も山の幸もおいしい。どんな仕事があり、どんな環境で働けるのかも重要です。

“移住者の不安を解消する仕組みが必要”

移住者は、その地域の中でどんな暮らしが始まるのか、具体的には、家と仕事と人間関係がどうなるのかということが不安になります。観光はあくまで一時的なものです。しかし、観光で来て、その土地や人が好きになり、その土地を知り、地域とも関係性ができて、ある程度自分で具体的に移住したらどんな暮らしになるのか想像ができるようになるのでハードルが下がり、実際に移住ということになります。これを自力で行える適応力の高い人もいますが、もっと移住者を増やしたいというのであれば、移住者の不安を解消する仕組みが必要です。私は外から大船渡にやって来て、大船渡に7年もいるので市外のことも地元の文化や人もある程度理解できているので何人か大船渡に移住することにつなげることができましたが、本気で移住者を増やしたいと思うなら、この様なコーディネートを、移住サポーターの様な職業として出来る人、または仕組みが必要だと思います。特に行政にはこの様なコーディネーターの育成や、活動の支援を予算付きで施策として行って欲しいと思います。民間でも同様のことは出来ますが、民間が行うのと行政で行うのとでは、PR力と波及効果が全く違います。

“子供たちに自分の地域のよいところを伝える”

―Uターン者については。

Uターン者を増やすことについては、子供の頃に生まれ育った地域でよい思い出を作ってあげること、子供たちに地域のよいところを教えてあげることだと思います。今は学校の先生でさえ、子供たちに夢を語れていないという話を聞きます。また、親も地元のよさを知らない。家で子供たちに地元のよい話をせず、代わりに都会はよいところだと自分の憧れや願望を話します。これでは離れた子たちが、帰ってくる理由がありません。地域のお祭りを盛り上げたり、地域を元気にしようと頑張っている大人はたくさんいます。そういうことを子供たちにきちんと教えてあげる。地元の良いところや、またこんなにも魅力的な大人が周りにいることを見せてあげる。子供たちには必ず伝わります。人により、何が好きで、楽しいかということは異なると思いますが、大船渡のよさを伝えきれていない、遡求出来ていないということが大きな課題だと考えています。

“年間で500人減少。空き家も増加”

―その他の課題については。

まずは、住む家です。大船渡は震災前から、1年間で500人ずつ人口が減っています。これに伴い、市内で空き家が増え続けているのですが、なかなか貸してもらえず、借りようと思ってもなかなか見つかりません。また、大船渡市に限っていえば、家賃が都会並に高いということもあります。人口減少で空き家がどんどん増えていくのに、この状況が続けば、仮に地方への移住者が増えたとしてもより良い条件の土地に移住者が増えていき、大船渡にある空き家は朽ちて除却しなくてはならなくなり、最終的には住民に税金として跳ね返って来ると思います。

東北に限らず、日本は人口が右肩上がりに増えていく高度経済成長期にできたお家信仰が強くあり、時代は変わりつつあるのに家との関わり方、考え方を変えられず、結局は大切な家を朽ちさせ、次の世代に負の遺産を残しつつあるのが現状です。「住む家」だけでなく市内外の人が使える「趣味の家」やみんなが集まれる「公民館的な家」など、一人で、または友人同士で用途に合わせて幾つも家を管理するなど時代に合わせて家の概念を変えていく必要があると思います。

“岩手県は素材としてはたくさんある”

岩手県の魅力はたくさんあると思います。ただ、うまく活用が出来ていない。10数年前は、行政、民間に限らず、全国的に、移住や定住は試行錯誤であったかもしれないが、現在はいくつも成功事例が出てきています。そういう事例を調査したり、先進地へ視察に行ったり。参考にして導入する。もちろん全てというわけではなく、アイデアだけを借りてきて、岩手県の形に添うようにアレンジして使えばいいと思います。ゼロから考える必要は無く、この様な形であれば少ない労力でも出来ると思います。

“官民の連携が必要”

―その他大船渡市で活動されていること等あれば。

大船渡市市民活動支援センターという、大船渡市やNPOなど官民複数の主体が協働で運営する支援組織の設立に携わり、2014年から代表を務めています。行政が資金を出し、民間が運営する公設民営のセンターです。その様な行政と民間の連携が必要だと思い設立しました。この団体は2018年4月にNPO法人化の予定です。