第4回 移住者インタビュー『まずは来てみて!』 中村 純代さん

中村 純代(なかむら すみよ) 福岡県出身 株式会社キャッセン大船渡リテールマネジメント担当

―ご出身は。

生まれたのは大分県で本籍はずっと福岡県でした。親の仕事の関係で、島根県と鳥取県で育ち、大学に進学してからは20年ほど東京で生活していました。どこを出身地といえば良いのかよくわからないのですが、こちらにきてからは自分の中に流れる濃い九州人の血を実感することが多いため(笑)、九州出身としています。

―大船渡市に来られたきっかけは。

2011年に東日本大震災が発生した時、私は仕事を辞めて海外へ留学する準備をしているところでした。7月に日本へ一時帰国した際に、東北の夏祭りを巡る東北応援ツアーに友人と参加し、初めて東北の被災地を訪れました。海外での報道では知ることのできなかった現地の状況を知り、大変な事が起きているということに改めて気付かされ、衝撃を受けました。

 “自分に少しでもできることがあれば”

ビザの都合で当初予定していた学校への9月入学が出来なくなり、翌年の4月へ延期となったこともあり、それまでの時間を利用して、自分に何か少しでもできることがあればと、(2011年)9月に被災地支援ボランティアとして岩手県を訪れました。NPO法人遠野まごころネットを拠点に瓦礫撤去やイベントなどのお手伝いを行いました。ちょうど仮設住宅が整備された頃で、(仮設住宅で)お茶会をするボランティア活動が始まり、その活動で初めて来たのが大船渡です。参加された仮設住宅の住民の方達と一緒に、ベンチを作りながら、色々な話をしました。大船渡の美味しいものや、昔からの風習などの話、これから 仮設のみんなでしてみたいことなどの話も聞きました。またあの方たちに会いたいな、みなさんのやってみたいことが一緒にできるかもしれない、もう少しいようかな、と滞在を延ばし続けているうちに、結局、留学先を岩手に変更し(笑)そのまま7年居続けることになりました。

“とても悩みました”

―移住を決められたきっかけは。

最初は移住をする予定はなく、住み続けている中でもその覚悟が決まっていたわけではありませんでした。大好きな場所である大船渡で、お世話になった方々に恩返しをしたいと思う一方、生活が不安定な中、自分の家族や周りの人にこれ以上心配をかけるわけにもいかず、もう帰ろう、と決めた時期もありました。そんな中、(2017年)4月に、津波復興拠点にオープンする商業施設・キャッセン大船渡で働きませんかというお話を頂きました。新しいまちづくりにじっくり関わることのできる大変貴重な機会をいただいたわけですが、同時にその仕事に取り組むのであれば、今後も大船渡に住み続ける覚悟を決めなければならないと思いました。海外に戻る選択も含め、ギリギリまで悩みましたが、結局大船渡に住み続けることを選びました。

―地域の交通について。

もともと車は持っておらず、就職を機に車は6月に購入したばかりです。それまでは主に徒歩や自転車で移動しており、公共交通もよく利用していました。やはり公共交通については本数が少なく、交通機関同士の接続もあまり良くないかなということは感じます。バスに乗っても自分一人のことも多く、自分が乗らなくなったらこの路線は廃止されてしまうかもしれないと思い、頑張って乗っていたこともあるぐらいです(笑)。数こそ多くないですが使いこなせば、行けるところは意外とあるのです。このことをもっと地域の皆さんにも知ってほしくて一時期は自作のバスマップを作って配っていたりしました。車を持たなくても出かけられる手段としてバスやBRTは非常に重要です。キャッセンにも隣接する大船渡駅前やホーマック前に昨秋よりバス停ができたのですが、あまり知られておらず、活用されているとは言えない現状は非常に勿体なく、来ていただくお客様を増やす為にも広報等の対策が必要だと思っています。

―住む所については。

こちらへ来たばかりの頃は、震災直後で住む場所がなく、支援活動を通して関わらせていただいたNPO法人の事務所や、ボランティアのシェアハウスなどに住んでいました。2013年からは、大船渡市内のNPO法人で4年間スタッフとしてお世話になり、その期間は市内の仮設住宅に住むことができました。昨年4月よりキャッセン大船渡で働くようになってからは、古い家を借りて住んでいます。

“選択肢がとても少ない”

例えば都会であれば物件の数も豊富で、家賃も幅広い中から選べます。こちらではそうはいきません。物件も少ないので家賃も比較的高く、最近まで選択肢はあまりない状態でした。現在の家も、希望の家賃では1DKのアパートか7DKの古い一軒家しかない、という究極の選択肢から選びました。私がここへ残った理由の一つに、友人やボランティアの仲間がいつでも好きな時に来られて、長期でも滞在できる場所が必要だと感じ、そういう場所になれたらという思いもあったものですから、結局は7DKの家を借りることになりました。広い上に非常に古く、常に直しながら住んでいますが、仲間たちは気に入ってくれて、次々と遊びに来てくれています。大船渡にボランティアなどで一度でも来たことがある人の多くは、知り合った人たちにまた会いに戻って来ます。大船渡はそれぐらい魅力のあるところなのですね。自分の家がそういう方々の滞在場所の一つとして、彼らがより気楽に戻って来れる場所になればと思います。お金に余裕があればもちろんホテルや旅館などに泊まってもらうのが一番ですが、2日よりも3日、一週間より二週間、と長く滞在したいときに使ってもらえたら嬉しいです。

―仕事について。

ハローワーク等には求人は出ており、仕事自体はたくさんあります。ただ、職種はあまり多くなく、正社員や正職員の採用件数も多くないこともあって、私のように他の地域から来ていて住む家がなく、家族や親戚、頼れる人もない人にとっては、一人で生活を維持していくのはなかなか難しい状況です。私自身、こちらへ来てから保育士の資格を取得したこともあり、保育園等へ就職することも考えていたのですが、今後一人で衣食住全て賄って行かねばならない可能性を考えると難しい選択でした。ボランティア仲間やNPO活動等で大船渡に来た人の中でも、活動終了後できればそのまま居続けたいという人もいましたが、生活が維持できる仕事がない、住む場所が整わないなどのいう理由で残念ながら帰らざるをえないということもあり、非常にもったいないと感じました。

“大船渡に仕事を増やしたい”

ただ、仕事についてはないならば作れるんじゃないかなと、こちらに暮らすようになって次第に思うようになりました。起業という形ではなくても、副業であったり、ボランティアであったり、地域の活動であったり、単にやりたいことをやってみる、とりあえずやってみる、そこから始まることが仕事になる、大船渡はその様な取り組みがやりやすい規模であり、また震災後は特に様々なチャレンジを受け入れる土壌ができつつあるとも感じています。そして、それをサポートするボ人々の繋がりも大きく広がってきています。あとは最初の一歩を踏み出すだけ、そしてまだ実現されていないチャレンジ=隠れたニーズがここにはまだたくさんあります。自分ができることは多くはないですが、まずは自分の周りの人と人とを繋げること、できるだけたくさんの人を巻き込むこと、そして小さなチャレンジが仕事としてなりたつよう、サポートすることまでできればといいなと思って動いています。キャッセン大船渡でもその様なチャレンジがすることが新しい街を元気にすることにつながるとの想いから、何か新しいことを始めたいという若者やお母さんたちと一緒に企画を考え、少しずつ実行に移しています。そして、大事なことは子どもたちがその様なチャレンジが繰り返される場所で、チャレンジをする大人の背中を見ながら育つこと。子どもたちが自分たちも大船渡を自分たちの手でより素晴らしいまちにしようと試みていくことで、その結果大船渡のことをもっともっと好きになっていくのだと思います。自分が地域でみんなのために何かにチャレンジした、成功した、面白かった!楽しかった!という体験や思い出を積み重ねて育ち、進学・就職で一旦外の世界へ出ていったとしても、外でも強くたくましくチャレンジをつづけて欲しい、そのことがそれが将来地域へ戻ってくるきっかけになったり、戻ってきたときに何か新しいことを始めるきっかけになれば、それはすなわち仕事を増やすという目的の一つの素敵なゴールなのだと思います。

“困っている人を放っておけない”

―地域について。

大船渡の方々は、困っている人がいると放っておけません。私がまだ車を持っていなかった頃、大雨や大雪の時など一人で道を歩いていると、知り合いも知り合いではない方までもが(笑)車を停めて、「どこまで行くの」「乗ってけ」と声をかけてくれるということがありました。お料理や野菜、海産物などのおすそ分けもよくいただきます。仮設に住んでいる時は、夜家に帰ると入り口にお惣菜が置いてあることもしばしばでした。住んでみて地域の方々のこういう優しさに触れることが多く、人と人とのつながりのあたたかさに日々助けられています。ですから外から来ている私のようなものでも、おかげさまで一人でも寂しくなく住み続けられているのだと思います。

“戻ってくる理由は「人とのつながり」”

かつて大船渡に来た方々が戻ってくる理由は、やはり何と言っても人とのつながりなのではないかと考えています。私は九州出身ですが、九州にずっといたわけではなく、実家も今は東京になってしまったため、私にはみんなのような故郷がないのかも、と感じていました。故郷というのはいつ戻っても自分を迎えてくれる人がいるところ、自分とつながりがある人がいるところ、なのだとすれば私にとって今は大船渡が故郷になりつつあるのかもしれません。どこに行っても大船渡に帰ってくるとホッとしますし(笑)。交通手段や仕事、住宅の問題など、解決しなければいけない問題はたくさんありますが、住めば住むほど、また歳を取るほどに、自分にとって大船渡はいいところになっていくのだろうな、いくといいなと思っています。そして大船渡に来るたくさんの人たちが、同じように感じて、また何度も故郷のように戻って来てくれることを信じています。

“こんなにいいところに住んでいるのだと気付いてほしい”

地域の方に、「大船渡は水も空気も綺麗だし、食べ物も美味しい、海もそばにあって人もあたたかい、なんていいところなんだ!」と言うと、「えっ、そう?」という返事をされます。離れてみて気付く良さもあると思いますが、地元の方々にももっと地域の魅力に気付いてほしいし、「いいところだぞ」ともっと大きな声で言ってほしいなと思います。また、新しいものを自分で生み出している人、大船渡の名産品を作って売り出そうと頑張っている人や企業、若い人たちが、地元にはたくさんいます。私たちのような外から来た人は知っていても、案外地元の人が知らなかったりします。先ほどの仕事作りの話にも繋がりますが、こういう人たちのつながりをつくること、またつながれるような動きがあることが今後もとても大事だと考えています。特に、若者同士のつながりや、同級生や家族、親せきだけではない自分の生活エリア以外の人とのつながりがもっと増えたら、もっともっとこの地に面白いものが生まれると思っています。

“まずは来てみて!”

―移住を考える人へ。

最初のきっかけとして、まずは実際に来てみてほしいなと思います。地域の人たちと直に話し、触れ合ってほしいと思います。何度かきてみて、そのうちちょっと住んでみようかなという気持ちになったら、その時に移住を考えればいいのだと思います。また現在は、外から来た人の受け入れも、以前より進んでいると感じています。私自身も、自分なりに同じ立場の人たちをどうサポートできるのかということを常に考えていますが、気仙地域にもそういう動きは広がりつつあり、移住促進に向けた行政の取り組みも始まっています。なによりここでは困ったときは必ず誰かが手を貸してくれます。旅人でもボランティアでも、大船渡の人たちはいつもあたたかく、皆さんをお迎えしてくれることでしょう。皆さんのお越しをお待ちしています。