第1回 移住者インタビュー『東日本大震災をきっかけに』 三井 俊介さん

三井 俊介(みつい しゅんすけ) 茨城県つくば市出身 法政大学法学部国際政治学科国際開発協力専攻 NPO法人SET代表理事 現陸前高田市市議会議員 NPO法人高田暮舎フェロー 日本農林漁家民泊推進協議会顧問 オピニオンサイト「View Point」ライター

—陸前高田市広田町へ来たきっかけというのは。

2011 年に発生した東日本大震災をきっかけに、友人と共に設立した(現 NPO 法人)SETの活動で、広田町にこさせていただいたのが始まりです。当時は大学生だったので、それからは大学に通いながら、月に一度程度通いでボランティアの活動を続けてきました。2012 年に大学を卒業し引越しをして、現在まで活動を続けています。

“日本の未来に対して「Good」な「Change」を、起こしていきたい”

—特定非営利活動法人SETとは。

SETは“「やりたい」を「できた」に変え、日本の未来に対して、Good な Change が起こっている社会を創る”ということを Mission に掲げて活動をしている法人です。岩手県陸前高田市広田町に拠点を置き、町の人たちと一緒にまちづくりに挑戦しています。SETは広田町だけが良くなればよいとは考えていません。広田町は震災が起こったことで、人口減少や少子高齢化、産業の衰退など、日本の 50 年先の未来の問題が表われた場所と言われています。ここでの課題解決がきっと、日本の将来に貢献出来るソリューションになるだろうし、日本の未来を形作っていきたいという思いで日々活動をしています。

—移住後の生活について教えてください。

SETでは、外から人を呼び込み広田町を好きになってもらい、「町が好きで、この町のためになりたい!この町で自分の人生を豊かにしたい!」という思いを持った移住者を育てる活動をしています。主な活動として、4 つの事業を行なっています。

一つ目は、民泊修学旅行を誘致するという事業を展開しています。これは都会の中高生を対象に修学旅行で陸前高田市に来てもらい、民泊をして町の人と触れ合い、生活を知ってもらうというものです。修学旅行で行った場所は大人になっても、何歳になっても覚えているものです。高校生のときに「あそこへ行ったよな」とか、「あの人たちに会ったな」という良い思い出を作り、将来「またあの場所に行こう」とか、「じいちゃんに会いに行こう」と思うような子を増やすのが狙いです。また町の人にとってはハードルの低いまちづくりへの入り口の機能としています。

二つ目は、大学生向けに“Change    Maker   Study   Program” という事業を展開しています。これは広田町に1週間滞在をして、町のためになることを具体的に実行までしようというプログラムです。これに参加してくれた人の中から、今広田にかかわり続ける人が生まれてきていて、移住者が 12 人います。2013 年3 月から開始し、現在までに 26 期まで開催して来ました。日本の地域インターンシップにおいて、年間受け入れ数は全国で一番多いプログラムにまで成長しています。

三つ目の事業は、 “Change  Makers’  College”です。これは4ヶ月間の移住留学プログラムで、第1期を 2017 年の 10 月からスタートさせています。広田町で「自分たちのやりたいことを形にし、町のためになる」という挑戦をしています。

4つ目の事業は、地元に帰ってきてくれる人を増やす、“高田と僕らの未来開拓プロジェクト”を4年前から展開しています。これは町の中高生向けの「地域活性化×キャリア教育」プログラムで、地元の中高生と大学生が一緒に企画を考え、町のためになることを実行するというものです。このプログラムを共に行った地元の子が、現在は東京と仙台の大学に進学したのですが、彼女たちは月に1回は広田へ戻ってきて自分たちがやりたいこと、町のためになることを企画から計画、実行する、ということをしています。

—また、2017年にNPO法人高田暮舎が設立され。三井さんもフェローとして参画されていますが、どの様な活動をしていますか。

NPO法人高田暮舎は移住・定住環境を整えていくという法人で、ポータルサイト、空き家バンク、地域おこし協力隊などの移住者のための環境整備を、陸前高田市から委託を受けて行っています。やはり住む場所がないと移住できないのは事実なので、高田暮舎を通して環境を整備しています。

“チャレンジが出来る余白があるところがすごく良い

—陸前高田市へ来てみていいところというのは。

僕の場合は、チャレンジが出来る余白があるというところ。そこがすごく良いと思っています。震災直後だったので、今来る人たちとはギャップがあるかもしれませんが。あとはライフスタイル。海に近い生活が想像できていなかったので、そういう暮らしができる良さがあります。

—移住するというとまず衣食住というところだと思うのですが、移住にあたって住むところは困らなかったですか。

僕らは困りました。震災直後で、地元の方にお願いし、空き部屋に居候させてもらっていました。その間に空き家を探して、当然当時は不動産屋とかも無かったですので、地元の方と仲良くなって無事に貸していただくことができました。今はSETの方でも整備していて、地元の方から貸していただいている空き家 2 棟をシェアハウスとして提供しています。SETのメンバーだと、一人一部屋、共用スペース、水道光熱費、家賃、インターネット代、車、ガソリン代で月1万円ちょっとくらい、メンバー以外だと、月2万5千円から3万円ぐらいで提供しています。東京から来る子だとお金がないと生きていけないという価値観があるのですが、この町はそうでもなくて、シェアハウスだと月5万円ぐらいで暮らせていますので年間で 60 万円ぐらいです。月 10 万円の収入があれば、5万円は貯金出来ることになります。新卒で月5万円貯金となると東京ではなかなか出来ないので、それはそれで良いのかなと思っています。

—空き家は気軽に貸してもらえますか。

最初はそうでもなかったですが、今は地元の方々との信頼関係が出来てきたので、貸してもらえる様になってきました。町の人たちも僕たちが空き家を求めていることを知っているので、情報もいただけるようになりました。

—他の移住者の方の仕事はどうでしょうか。

SETや高田暮舎で働いていたり、あとは地元の企業、りんご農園、宿泊施設等でアルバイトをしている人もいます。生活のコスト自体が低いので、アルバイトでも暮らしていけます。他には自分で他の財団から資金を確保してくる人や、東京の会社から仕事をアウトソースしてもらってサテライトで働いている人もいます。他に“Change Makers’ College”で事業の作り方や地域の人とのコミュニケーションを学んで、新しい事業を立ち上げようとしている人たちもいます。

—そもそもなぜ移住者を増やす取り組みをしているのでしょうか。

移住定住は単に人口増を目指すためにおこなっているのではありません。今までのまちづくりは人口が増えていくことを前提にして行われて来ました。しかし、今は人口が減っているし、これからも減り続けます。これからのまちづくりにおいては、人口が減ることを前提として、「人口が減るからこそ豊かになる町」へと、機能を根本的に作り直していくことが大切になります。そういうことを考えたときに移住者としての数を増やすのではなく、「この町のために何かやりたい」「この町で豊かに暮らしたい」という人を育てたり、呼び込んだりして、新しいことをやってもらう、一緒に形にしていくことが大切だと思っています。

—行政と何か協働できることはありますか。

SETは主な活動場所が広田町で、移住者のターゲットを絞っているので、広域性の面で弱いと思っています。県のモデル事業等を通して、PR等してもらえると今後加速度的に活動を広げることが出来るのかなと考えています。移住・定住環境整備や専門家を呼ぶ等、お金がかかるところは上手くいろいろなところと協働できると、また活動の広がりも出てくるのかなと考えています。