第10回 移住者インタビュー『NPO法人陸前たがだ八起プロジェクト 池田 陽一さん』

池田 陽一さん

御出身は。

出身は鹿児島県鹿児島市です。前職はメーカーの営業をしていました。福岡県の北九州に3年、大分県の日田に2年居て、本当は社会人アメリカンフットボール等もやっていたのでずっと九州に居たかったのですが、(岩手県に来る前に神奈川県の)横浜市に転勤となり、東京都の町田市に住みました。神奈川県では横浜市、相模原市、平塚市の支店を拠点に神奈川県全域の営業を担当していました。

岩手県へ来られたきっかけは。

平塚市の支店で勤務をしていた頃、通勤の移動中、小田急線の中吊り広告にいわて復興応援隊の広告があり、こういうものがあるんだ、こういうこともやっているんだと、何となく記憶に残りました。その後、もしそういうものがあるのであれば一度チャレンジしてみるのもいいのかなと、ふと思い、それまでは一度も行ったことが無かった転職フェアに初めて行きました。その転職フェア会場にいわて復興応援隊のブースがあり、久しぶりに履歴書を書いて、送って後はトントンという感じです。自分でも正直なところ説明がし辛いですが(笑)。本当に衝動的な感じで。それまで勤めていた会社を辞めて6年前にこちらへきました。11年間勤めていた会社を何故それほど簡単に辞められたのか自分でも本当に不思議ですが、今になって思えばそれだけの価値がこちらにあったのかなと思います。

以前から被災地の復興支援をしたいという気持ちがあったのでしょうか。

それもあったのかもしれないですね。東日本大震災発生当時は、宮城県にあった工場が地震でかなりの被害を受け、製品がつくれなくなり、毎日顧客対応等に追われ被災地支援というところまで考える余裕がありませんでした。震災から半年間ほどそういう時期が続いて、次第に工場のラインも動き始め落ち着き出しました。震災関連の情報はマスコミの報道等で見聞きはしていたので、もしかしたら悪いなという気持ちが心のどこかにあったのかもしれませんね。引け目みたいなものももしかしたらあったのかもしれません。小田急線の広告を見たのはそれから約1年半後ぐらいで、こちらへ来たのが震災から約2年後の2013年になります。

陸前高田市に来られたきっかけは。

復興応援隊の仕事に「観光」、「物産」、「仮設住宅等でのコミュニティ支援」と大きく分けて3つのカテゴリーがありました。それまで東京より北へは行ったことが無かったので、私が行ったところで何が出来るのだろうという思いもあり、まず地域の人の生活を知らないと何も出来ない、地域の住民と接する中で何か出来ることがあればと思い、そういった支援をしている団体を派遣先に希望させていただきました。その中の一つが現在の団体でした。

こちらの団体についてお伺いしてもよろしいでしょうか。

この団体は、震災が発生した2011年に、この仮設住宅団地(陸前高田オートキャンプ場モビリア内(現在キャンプ場の営業は休止中))の住民が、少しでも安心、安全、そして楽しく暮らせるようにと設立されました。当時はボランティアの方もたくさんいらっしゃっていたので、外部ボランティアと住民が交流しやすくなるように中間支援を行った一方、住民の中でこういうことがやりたいとなった時に、具体化、実現化する活動を主に行っていました。外部ボランティアや、私たちが行っていたものも含めると、当時は年間約300件のイベントを行っていました。

こちらへ来た当初、住民の方が「なんか(奇跡の)一本松だけが有名になったね。」と言われたことがあって、私の中ではその言葉がすごく響き、また印象に残っています。ああ、そういうことを思っているのだなと、そうだよな、住民の方は日々の生活があり、そこに目が行かないと、まずこの人たちの生活がどうにかならないといけない、一緒にどうにかしていかないといけないよなと思いました。こちらへ来て最初の頃にその言葉に触れられたのはとても有難く、またとても良かったと感じています。

体操イベントの様子(池田さん中央奥)

地域での移動について。

復興応援隊だった頃は岩手県から仕事のため貸与される車を、地域での日常生活上必要な範囲であれば使用してよいということでしたので、使わせていただいていました。今年(2018年)4月に復興応援隊を卒業してからは自分で車を購入しました。

やはりこちらで車は必要でしょうか。

必要ですね。普段の生活もそうですが、仕事や助け合いで他人を乗せたりもして、生活の様々な場面で必要になってくると思います。もともと運転は好きな方ですし、何かあればプラッと行ってしまう様な性格なので(笑)。そういった意味でも車は必要ですね。

こちらでの収入について。

収入については以前の半分以下になりました。ただ、もともとあまりお金に興味がないのと、出世欲もあまり無い方でしたので。以前の会社でも上司の強い薦めもあって昇進試験等を受けたぐらいでした。

住まいについては。

勤め先は以前からこちらだったのですが、こちらに来た当初はアパート等もなく、地域のドライビングスクールの寄宿舎を無理言って貸していただいていました。3カ月程そちらへ住ませていただき、その後、新しいアパートが建ちましたので、復興応援隊員として借り上げていただいていました。(復興応援隊の終了した)今年の4月からはこの仮設住宅団地に入居しています。この地域は家賃が高く月約6~7万円ぐらいします。こちらの給与水準ではとても借りられる金額ではありません。以前のアパートに住んでいた頃もそれは感じていて、アパートの住人も会社が家賃を負担してくれる住まい兼事務所といった、外から来た企業関係者等の方ばかりでした。今、私が住み、関わっているモビリア仮設住宅団地に住んでいる方も大分少なくなり、現在住んでいらっしゃる方も、息子さんや娘さん御夫婦家族が家を再建するのを待っているといったような御年配の方がほとんどです。罹災証明書を持たない人の仮設住宅への入居については県の審査が厳しいのですが、こちらの仮設住宅団地は御年配の方が多く、役員のなり手もいない為、周囲からは私に行政区長をして欲しいと言われている旨、また普段の勤務場所はモビリアですといった状況を申請書には書いて、審査を通りました。家賃は一部屋1万5千円で、罹災証明書を持っていない目的外利用ということで住ませていただいています。

地域の方について。

この地域は東京に出稼ぎに行っていたことがある方が多いので、その間家庭を支えていたのが女性だったということがあるのか、女性の方が強い・たくましい印象があります(笑)。草刈りをしましょうといった時でもお父さん達だけでなく、お母さん達も来ます。また、草刈りの時は、朝6時からやりましょうと言っているのに、もう5時30分には来て始めています。6時に来た人はもうほぼ終わっているといった状態です。皆で一緒に出掛けるといった時にも、バスは30分前にならないと来ないよと言っているのに、1時間前にはもう来て待っています。これが鹿児島だと薩摩時間と言って逆に遅いのですが(笑)。これについてはいいことだと思っています。時の流れは緩やかだけど、そういったところはきちんとしている。とても真面目なのだと思います。

現在の活動等について。

今「大人の遠足」というのを行っています。以前仕事で仮設住宅から自宅再建されたお家に訪問させていただいている時に、息子、娘さんは日中、仕事に出ており、昼間は独りといったおじいちゃんやおばあちゃん達が多くいました。そういったおじいちゃんやおばあちゃん達を外へ連れ出したいと思い、今までに行った場所や温泉へ連れて行ってあげたいと思ったのがきっかけです。今では、外出機会となるだけでなく、仮設住宅・災害公営住宅・再建住宅・元々の地域にお住まい(在宅被災者)の方などが、分け隔てなく交流できる機会となっております。

「大人の遠足」①(池田さん手前左)

「大人の遠足」②(池田さん後列左端)

他にも、防災集団移転団地内に新しく建築された地区会館を利用して、地区に元々お住まいの方と新しく引越してきた方が集えるお茶っこ会などを開いております。こういった機会を作り続け、思い出の共有を図る事で、少しでも震災によってできた心の壁を取り除ければと考えております。

交流イベントの様子(池田さん中央奥)

その他、現在こちらで流行っているのが、「呑まない・賭けない・吸わない」の健康マージャンです(笑)。初めは男性の方が気やすい環境をつくりたいということで始めたのですが、今は親子連れで来るお母さん達がはまっています。お母さんたちがマージャンをしている間は私が子守をしています。今ここに住まれている80歳代の方は、マージャンを始めると急に元気になります(笑)。

健康マージャンの様子

こちらでの楽しみなど。

こちらに最初に来たときにせっかく居るのだから、何かこの地域の楽しいことも知らなければと思いました。こちらの温泉は抜群にいいですね。鹿児島の温泉も負けず劣らずですが、鹿児島の場合は地区の中に天然温泉が湧き出ていてお手軽といった感じなのですが、こちらの温泉はそこへ行かなきゃ味わえないという特別感がすごくあります。また、こちらの人を連れて一関市へスカッシュをしに行っています。スカッシュは今でも東京から陸前高田へ来てくださっている方に教えていただきました。仮設住宅暮らしの方々は遊ぶところも無いですし、面白そうだな、やってみたいなと思い、色んな方をお誘いして一緒に楽しんでおります。他には、今年は子ども達を甲子園へ連れていってあげたいなと思っていました。結局、今年は仕事が入って行けませんでしたが。甲子園へは個人的に毎年観戦に行っていて、こちらの子どもたちにも是非本物をみせあげたいと考えています。大阪近辺は野球の強豪校が多いですが、それは甲子園が間近にあり、見に行くことが出来る環境があることもあるのではないかと思っています。是非この地域の子供達にも見せてあげたいと思っています。今は色々な方を様々な場所へ連れて行き一緒に何かに取り組むということが、新鮮でとても楽しいです。

こちらへ移住してみて。

この海や山の環境が育んできたものもあるのだと思いますが、時間の流れがとても緩やかです。そしてそれがとても心地よいです。せかせかしていない。今、新しくオープンしたアバッセたかた(陸前高田市大型複合商業施設2017年4月27日オープン)の中にあるジムに通っているのですが、陸前高田市は一度何も無くなったところから再び始めているので全てにおいて新しいです。それは全てにおいて掘り起こせる、新しいことが出来るといった可能性に満ちていることだと思います。新しいことを地域の方たちと一緒に始める、その過程の中で、自分も一緒にその新鮮味に触れることが出来るといった楽しさがあります。

こちらへ来てよかったと感じることは。

都会に住んでいると、お金があれば何でも簡単に手に入ってしまいますが、対価を支払って得られる満足感しか無いような気がします。こちらはお金を支払って得られる満足感ではない、お金という尺度では測れない、自然の豊かさや近隣住民との関わり等、心身に充たされた生活の満足感があるような気がします。野菜や新鮮な魚をいただいたりすると、もう自分で料理をせざるを得ないので(笑)、以前は全くしなかったのですが、今は、月に1度味の素さんの協力のもと開催している「男の料理教室」の教えもあって、料理もするようになりました。自分で作るからお金の節約にもなります。

「男の料理教室」(池田さん中央右)

こちらは都会と違って、工夫をして自分で何でも出来るという楽しさがあります。対価を支払って得られる満足感もそれはそれでいいと思いますが、消費者社会にのみ込まれているような感じがしますし、また飽きてもしまいます。こちらへ来て消費するだけではなく、何かを生み出すということが出来る様になったのかなと感じています。その他、マラソンや山登りなどの運動を通して、こちらではちょっとした繋がりを作りやすい。またその繋がりの中で色んな新しいことが取り組みやすいと感じていて、そこがいいところだなと感じています。

農作業の様子(池田さん中央)