第11回移住者インタビュー『NPO法人パクト 熊谷 蘭子さん』

熊谷 蘭子さん

御出身は。

出身は秋田県大仙市大曲です。

陸前高田市に来られたきっかけは。

きっかけは結婚です。2012年11月に陸前高田市広田町出身の主人と結婚し、(2011年に発生した)東日本大震災で主人の実家が被災して義理の両親が仮設住宅住まいだったので、私もこちらで一緒に暮らした方がよいのかなとも思ったのですが、義理の両親が「震災後で、環境も整っていないし、そちらで仕事があって、働いていられるのであれば、そっちにいてもいいんじゃないの。」と言ってくれ、結婚後しばらくは、週末婚という形で大曲と(当時主人がいた岩手県の)北上市とで別々に暮らしていました。2014年8月に娘が生まれ翌年の2015年に主人の実家が高台移転で再建されるということで、それを機に陸前高田市に来ました。現在は再建した家に義理の両親、主人、娘と私と5人で暮らしています。

現在のお仕事について。

こちらの団体(NPO法人パクト)には、今年(2018年)の4月からお世話になっています。子どもが保育園へ通う年齢になり、仕事を探していたところ、陸前高田コミュニティ図書室で、「誰か、仕事を探している人はいないですか~。」とこちらのスタッフが人を探されていたので、そこにたまたま居合わせた私が「は~い。」と手を挙げさせていただいた(笑)というご縁になります。

こちらの団体について。

このNPO法人パクトは、子ども支援、「陸前高田復興サポートステーション」、簡易宿泊所「二又復興交流センター」という三つの主軸事業を行っています。私はその中の子ども支援事業の担当ということで働かせていただいています。この子ども支援事業は、去年(2017年)までは陸前高田市内4地区で、震災で失われた子どもたちの遊び場や居場所を作る目的の「みちくさルーム」を運営していましたが、仮設住宅の撤去も始まり、学校の校庭が使えるようになって来たので、(2018年)3月末で終了しました。去年(2017年)の7月からは、地域の古民家をお借りし、「みちくさハウス」として、拠点を構えて活動しています。

主なお仕事というのは。

私の主な仕事は、子ども達と一緒に遊び、見守ることです。たまに、中学生になった「みちくさルーム」のOGやOBの子がボランティアに来てくれます。地域の子ども達の居場所になればと思ってやらせていただいています。その他に子ども支援のブログを書いたり事務的な仕事もあります。陸前高田市内の教育機関、子ども支援団体、保護者の間で、子どもに関する情報の共有や協力体制の構築を目的に設立された「子ども支援ネットワーク」の事務局を担い、会議に月1回参加しています。

主な支援対象というのは。

主な支援対象は小学生です。保育園児は、お父さんやお母さん、保護者の方と一緒に来てね、ということでやらせていただいています。出入りは自由ですが、平日の放課後については「一度、お家に帰ってからね~。」という形でさせていただいています。こちらはお庭が広いので、子どもたちは木登りや、虫取り等、普段は出来ないような遊びをして楽しんでいます。時々、地域の方も遊びにきてくださり、ここでお茶を飲んだり、情報を交換したり等、保護者の方の集い場所にもなっています。私もまだ子どもが小さいので、仕事をしながら小学生のお父さんやお母さんから色々と勉強させていただいています。この仕事を通して様々な方との繋がりが出来、とてもありがたいと感じています。

「みちくさハウス」の様子①

一番利用が多いのはやはり近くの小学校の子ども達になるのでしょうか。

平日は近くの小学校の子たちが多いですが、土曜日、日曜日は他の地区の子どもたちも来てくれます。また、週末には大学生のボランティアもたくさん来てくれて、子ども達も大学生のお兄さんやお姉さん達と遊ぶのをとても楽しみにしています。

月にどのぐらいの大学生ボランティアが来るのでしょうか。

月にもよりますが、毎回およそ3人~6人くらいです。現在、定期的に来てくれているのは、岩手大学、上智大学の学生さん達です。たまに、東北大学の学生さんたちも来てくれます。ついこの間は、聖心女子大学の学生さん達も久しぶりに来てくれました。また最近は、以前ボランティアで来てくれていたことのある元学生の皆さんたちが、卒業や就職をし、こちらへの旅行のついでに立ち寄ってくれました。凄くありがたいと感じています。

「みちくさハウス」の様子②

普段の移動手段についてお伺いしてもよろしいでしょうか。

普段の移動は車です。

普段の移動で感じられていることなど。

こちらに(地域の)バスが無いのは不便ですね。あとは新幹線の駅が遠いのも不便です。ただ、もともと秋田県の出身で、秋田県も車が無いと生活が出来ないところですので、交通の不便さには慣れています(笑)。

収入等について。

私は今まで医療事務や店舗店員等はしてきましたが、子ども支援等の経験は無く、また保育士等の資格も無い中でさせていただいていますので、それを考えるとお給与についてはいただいている方だと思っています。

こちらに来た当初はお知り合いもいなく大変だったと思うのですが。

最初に来た頃は、知り合いが全然いませんでしたので、「友達を作らなきゃ!」と焦っていました(笑)。近所の子育て支援センターへ駆け込み、そこからママ友や様々な繋がりができ、色々なことを教えていただきました。知り合いでよそからお嫁にきてまだ子どものいない方が「子どもがいれば、ママ友で繋がれていいんだよね~。」と言っていたので、私には子どもがいてママ友の繋がりが出来、とてもよかったなと感じています。

こちらの印象は。

気温も上がり過ぎず下がり過ぎず、過ごしやすいです。海の傍でいつも風が吹いているので「海の風はすごいな~。」と感じています。私は内陸の出身で、海に憧れがありましたので、それはよかったなと思っています。ただ、「この海が襲ってくるんだよな、どんなに怖かったのだろう。」や、夜に海の傍などを通ったりすると、「そうだよな、綺麗なだけじゃないんだよな。」と改めて思います。他には、雪が降らず、積もらないので楽だなと思っています(笑)。

陸前高田市について。

陸前高田市は、前からいる人もまた新しく来た人もイベント等をどんどんやっていて、昔のことも復活しながらまた新しいこともしているので、凄いなと思います。以前の陸前高田市を知っている方は元の様に戻ればいいと思っているところもあるかとは思いますが、以前の陸前高田市をまったく知らない人たちが、新しい陸前高田市を作っていくのも面白いのではないかなと思っています。色々なことに挑戦していて、陸前高田市は今後面白い街になっていくのではないかなと思っています。

こちらへ来てよかったことは。

海の物が本当に美味しいです(笑)。以前はウニは苦手だったのですが、これがもう美味しい(笑)。やはり内陸とでは全然違います。ワカメもこんなに美味しいものだとは知りませんでした。また牡蠣をこんなに贅沢に食べたことがありませんでした。小ぶりのものをお裾分けでいただいたりするのですが、主人は「もう食べきれないから、ママの実家さ、送れ~。」と言います。私は、飽きる程食べられるっていうのはすごいなと驚いています(笑)。今は私よりも実家の父が、「何か、海のもの送ってくれ〜。」と心待ちにしているぐらいです(笑)。他には週末に義父が自分の舟で釣りへ行って、カレイやアイナメを釣ってきます。主人や義理の両親はいつも食べていますので、「またアイナメか~。」という感じになるのですが、私は「こんなに美味しいのに。もったいないな~。」と思いながら食べています(笑)。ウニ等は大人の味でまだ食べれないようですが、娘も魚が好きです。

その他に個人的に編み物をするのですが、大船渡市や陸前高田市ではクラフト展がすごく多く、クラフト作家さんも身近にいたりして、嬉しいです。

こちらへ移住してみて。

こちらは人が温かいです。例えば、スーパーマーケットで子どもを抱っこしていると、「めんこい、わらしっこだな~。」と声を掛けていただいたりします。都会では、赤ちゃんの泣き声を迷惑がられたり、白い目でみられたりするという話も聞きますので、それが無いというのはとてもよいことだなと感じています。また、地域の行事や伝統をとても大切にしています。今ではもう珍しいと思うのですが、婦人会をかなりしっかりとされています。これは人と人との繋がりが深いということでいいところでもあるのかなと思いますが、今は人も減っていて、働いているお母さんも多いので、少し変えて行ってもいいのかなと思うときもあります。ただやっぱり必要なのかなとも思っています。

こちらは人が少なく、コミュニティーが狭い分、人との繋がりが深い。すれ違いざまに、「あー、久しぶり~!」と声を掛け合ったり、私がまだ覚えきれていない遠い親類から声を掛けてもらったり、「私のことを覚えていてくれてるんだ~。」、「人との繋がりが、深いんだな~。」と感じます。自分の気持ちが落ち込んでいる時は、どこでも知り合いがいて、少し負担に感じてしまうこともありますが、これはとても温いことですし、有難いと感じています。こちらへ移住された方の中には、「ここが好きだから、がんばる。」という方も多いのですが、私は結婚という形でこちらへ来て「来たからには何とかやってかなきゃないな~。」と思いながら、日々ゆっくりとマイペースで過ごさせていただいています(笑)。