第14回移住者インタビュー『NPO法人With You Global 安藤 昭宏(あんどう あきひろ)さん』

安藤 昭宏(あんどう あきひろ)さん

御出身は。
愛知県蒲郡市です。静岡県に近い東三河という地方で、キャベツや養鶏など農業が盛んな地域です。高校を卒業後に大学の進学で東京に行き、東京にキャンパスがあると思っていたのですが、進学した学部のキャンパスは埼玉県にあり(笑)、埼玉県に住んでいました。卒業後も数年間は埼玉県に住んでいて約10年間埼玉県にいました。

岩手県に来られたきっかけについて。
高校を卒業した頃からキリスト教の教会に通い始め、2011年に東日本大震災が発生した時、宮城県東松島市の牧師さん一家が津波で被災されたということで、他の教会の牧師さんたちと一緒に捜しに来ました。牧師さん一家は全員高台へ避難されていて無事で、流されたのは教会だけということが後で判りました。その後、仙台市の牧師さんが(宮城)県内の他の地域の状況も見に行きたいということで同行しました。南三陸町が壊滅的な被害で、支援に来てくれないかということになり、自分の力だけではどうすることもできないと思いましたが、関わるべきだと感じ(2011年)3月下旬に初めて東北に支援に来ました。それからも被災地支援に継続的に来ているうちに、タンさんら第13回移住者インタビュー)香港から来ていた教会のメンバーが、日本人で一緒に働いてくれる人を探しているということを知りました。愛知県に帰るか東北に残るかで迷いましたが、東北に残ることを決めました。

2012年10月に(当時タンさんらがいた)(岩手県)宮古市へ行き、日本国内や海外から来ていたボランティアと一緒に仮設住宅を訪問するという活動をしていました。半年ぐらい経った頃に、持ってきていた資金が底を尽き、隣の山田町で新しくお店が開店するということだったので、そのお店で一年間働かせていただきました。その後は、山田町にいた頃から、近隣の大槌町や釜石市の街の復興の状況を見ていて、まだまだだなと感じていたので、経験等があったわけではなかったですが、大槌町の建設会社で約3年間働きました。その間に、三陸道や(大槌町立)大槌学園の建設に携わりました。2017年にそれまで沿岸の各被災地でそれぞれ活動をしていた教会のメンバーが、一度集まり、今後の活動について話し合いました。その結果、今後は一緒に活動を継続していくということになり、2017年に陸前高田市に引っ越し、現在はこの大船渡市を中心に気仙地域(大船渡市、陸前高田市、住田町)で活動をしています。

ありがとうございます。現在、お住まいはどうされているのでしょうか。
陸前高田市で一軒家を借りていて、法人のスタッフと2人でルームシェアをしています。家賃は月6万円程度です。

移動について。
普段の移動は車です。関東に住んでいた頃はほとんど運転はしませんでしたが、岩手県へ来てからまた運転できるようになり嬉しいです。岩手県でのドライブを楽しんでいます。私たち法人のスタッフは皆、試行錯誤や挑戦してみることが好きなので、(JR気仙沼線の)BRTを使ってどこまで行けるのかなど、色々と試してみたりなどもしています。最近は、BRTだけで(宮城県)気仙沼市より先の(宮城県)登米市まで行くことができるということが分かりました。他には、青春18切符を買って、岩手県から愛知県まで帰ったこともあります。これには15時間~20時間ぐらいかかりました(笑)。今は飛行機も安いですので飛行機を使うこともあります。つい先日は、花巻空港から福岡空港、福岡空港から電車で長崎県まで行きました。岩手県には、花巻空港から台湾へのチャーター便があり、直接海外へ行くことができるというのは、とても大きなことだと思います。岩手県は意外と直接に海外と繋がる窓口や、沿岸市町村にもそれぞれ海外の姉妹都市があり、海外に対してもオープンなところがあると思います。県独自でも世界と関わりを持っているというのはとても素敵なことだと思います。

日常の生活で大変なことなど。
特にないですが、この地域は以前住んでいた地域ともまた違って、気仙独特の文化があるように思います。この気仙独特のよい文化を地域の中だけで終わらせてしまうのではなく、日本の各地や世界に伝えていく、他の地域の人にもこの気仙文化を体験してもらうそのお手伝いができればいいなと思っています。また、個人的に歴史に興味があるのですが、陸前、陸中といった地名や、旧伊達藩、旧南部藩といった地域で、人の気質や文化に違いがあることがとても面白いです。以前、大槌町や山田町に住んでいたときは、南部藩の穏やかな気質や風土があり、同じ旧南部藩の盛岡市と似ているところがあるなと思いました。こちらの気仙地域は、伊達藩の活気、新しいことに挑戦することいった気質、また文化があるような気がします。旧伊達藩の気仙沼市とも強い繋がりがありますね。また、少年野球は全国大会の常連であったりと、野球が盛んな地域でもあります。学校の部活動等もとても盛んなようです。

若者支援、特に中高生を中心に支援活動を行っているNPO法人ということですが、具体的な活動とは。
現在は、(大船渡市)盛駅前にある事務所を、週4日間フリースペースとして子ども達に開放しています。中高生が放課後に勉強や、隣の(子ども達に読み聞かせをおこなう活動をしている)NPO法人に来ている小学生達が遊びにきたりしています。この地域の子どもたちは単に交通手段がないという理由で、学校、部活、家との往復になってしまっている子も多いです。自分たちがしたいことは高校を卒業してからということになってしまっている子も多いです。そこでもし、子ども達からどこかへ行きたいという希望があれば、親御さんの了承のもと、車で連れて行ってあげたりしています。今はまだ数人だけですが、今後はもっと多くの子たちをどこかへ連れていってあげられればいいなと思っています。また、私たちスタッフは皆他県や香港の出身者ですので、その範囲に限られてはしまいますが、普段の活動を通して、この地域の子ども達が他の地域や国、人、文化、また考え方等について知ることで、彼らの考え方を広げていってあげられればいいなと思っています。大人になるまで他の地域へ行くことが難しいといった環境の中でも、若い10代のころから外の世界に触れられる環境、また経験等をさせてあげたいと考えています。他には、震災後から継続しているイベントの開催や、NPO法人ではありますが心のケアといった部分で教会の仕事などもしています。また、英語が堪能な職員もいますので、英語を学ぶ手助けをしたり、子どもたち同士の関係づくりの手助けなどもしています。家以外の、子どもたちの居場所や避難場所、休める場所になってあげたいと思っています。

地域の子ども達について。
私もこちらへ来てから知ったのですが、岩手県は盛岡市や県の内陸部であれば、東北新幹線や東北自動車道などがあり、比較的、東京など首都圏へのアクセスもよいです。それに比べてこの沿岸の地域は、新幹線の駅からも遠く、また東北道などの高速道路からも離れているため、遠くへ行くとなると交通が不便です。それもあってかこの地域の子どもたちは、高校を卒業するまで国内外の他の地域へ行ったり、人に関わったりする機会が少ないと感じています。震災の直後は国内外から様々な支援があり、子ども達が今までにしたことがないような新しい体験や経験をする機会があったようです。その時期にだけ地域の子ども達が特別なことができたのではなく、新しいことをする、挑戦するといったことをこの地域の子ども達の「普通」にしてあげられればと考えています。地方にいるとどうしても首都圏等の都市部のように、様々な情報、機会といったものが限られてしまうということがあると思います。しかし、地方にいても「生きるための力をつける」というような教育、機会は必要だと思いますので、そういった機会を増やすような活動をしていければと考えています。

具体的には。
例えば、若い頃から自分の将来について考える習慣をつくるため、今話題になっていることや、流行っていることを一緒に考えてあげたりなどしています。自分なりに岩手県のことを考えている高校生の子もいて、岩手県の人は自己開示があまり上手くなく、自分の想いを人に言えずに亡くなってしまう人が多いのではないか、自分の気持ちを伝えられずにそのまま諦めてしまう、そんな悲しさがあるのではないかと話していました。彼は10代の頃からお互いに自分の気持ちを話し合うことのできる場が必要だと感じていて、今、放課後に皆で話すことが出来る場所をつくろうとしています。私たちもこういった活動を支えていってあげられればと思います。

また、私たちの法人は国際交流が強みだと考えていて、今年(2019年)地域の子ども達を香港へ連れていくという計画があります。他にも、高校を卒業して進学等でこの地域から離れてしまった子どもたちが、他の地域で学んだ後に地元へ戻ってくる、また、戻ってこなくても地域や岩手県と関わりを持ち続けることが大事だと思います。そういったことを支えていく活動も今後行っていきたいと考えています。

地域の子ども達と国際交流の様子

気仙地域について。
大船渡市は「かもめの玉子」など全国で販売されているお菓子の企業や、国内シェア1位という製造業者もあります。陸前高田市は、震災で注目を集めた街で、今後、復興祈念公園等もできる予定なので、今後の震災からの「復興の顔」になっていくと思います。復興の度合いを、陸前高田市の復興を基準として考えていくのであろうなと思います。また、陸前高田市にはそれが期待されているのだろうなと思います。震災で大きな被害を受け、今までと同じ生活ができなくなり、変わるしかない、変わっていかなければならないという意識も、陸前高田市にはとても高いと思います。また、陸前高田市は震災で多くの人が様々な地域から来ていて多様性に富んでいます。他の地域から来た人にも寛容でもあるという印象を持っています。震災から復興を遂げた街のモデルということだけではなく、これからの新しい社会のモデルとなっていける街でもあるのかなと思います。陸前高田という街を自分が住んでいるまちというだけではなく、日本の他の地域に対して、また世界に対してもどういう役割を果たしていくのか、それを考えながら進んでいくのもいいのかなと考えています。大船渡市、住田町もまたそれぞれの主要産業を通して移住者の受入れを行っているなど、気仙地域は変化を恐れず、柔軟に適応していくことのできる地域だなと感じています。伝統的な価値観に縛られるのではなく、これからの新しい価値観に柔軟に適応していくことのできる地域だなと感じています。東日本大震災のような大災害があっても、立ち直り、そこからまた新しいものを築いていく、それが出来る地域なのではないかなと思います。困難にくじけないこれからの地方都市のモデルのような地域になることができるのではないかと思っています。海外からみると伝統的な慣習や制度がまだ根強く残っているイメージの日本ですが、日本でも新しく生まれ変わることができる、新たな扉を開くことができる地域ということを日本国内そして世界へも見せることができる地域になるのではないのかと思っています。

気仙地域へU・Iターンを考えている方へ。
気仙地域の魅力を楽しむことはもちろんですが、自分の故郷や、現在の生活を捨ててこちらへ来ようとするのではなく、故郷は故郷、これまでの生活は生活で、こちらへ移住や関わることによって、自分の地域とこの地域を結びつけることができる、繋げ役になればいいのかなと考えています。自分の故郷や現在の居場所のいいところを気仙に伝え、気仙のいいところを自分の故郷や居る場所に伝えるといった、一人一人がそれぞれの地域の大使になれるといいのかなと思います。そして様々な地域同士の繋がりや、色々なネットワーク等が出来てくるようになればいいのではないかなと思います。移住した先の地域で何かをする、しなければならないというのではなく、移住した先の地域の生活を楽しむといった感覚で来てみればいいのかなと思います。フットワークが軽い、とりあえず行動してみるということは大事だと思います。地方というと閉鎖的なイメージですが、自分がどんな場所へ行っても楽しむといった気持ちがあれば、きっとどこへ移住しても大丈夫だと思います。

NPO法人のスタッフで秋に八幡平を散策した時の様子