第15回移住者インタビュー『NPO法人LAMP 代表理事・ピアニスト 松本 玄太(まつもと げんた)さん』

 松本 玄太(まつもと げんた)さん

ご出身は。

広島県です。小さい頃からピアノを習っていて、東京の音大に通うため中学校を卒業後に東京に行き、高校から東京に住んでいました。

こちらに来られたきっかけは。

2011年の東日本大震災です。当時通っていた教会に陸前高田市出身の方がおられ、その方を震災の約1か月後にこちらへお連れしたのが最初のきっかけになります。その後も毎月陸前高田市に通い続けるうちに、教会から、陸前高田市に教会の宣教師として派遣したいがどうかと打診を受けました。震災をきっかけに陸前高田市という街を知り、(陸前高田市は)目の前に山があり海もある。私の出身の広島県の瀬戸内の小さな町によく似ていて良いところだなと思いはじめていたこともあったので、「それでは、行きます。」と2012年4月にこちらに来ました。私の場合は、特に何かしようと思って来たのではなく、どちらかというと来てしまったという感じです(笑)。当時はまだ震災から1年程しか経っていなく、住む場所や生活をどうしていくのかなどとても不安定な時期でした。1年目は一関市大東町のアパートを借りて通いましたが、2年目からは陸前高田市内で家を借りることが出来ました。

宣教師の活動とは。

宣教師といっても布教活動というよりは、助けを必要としている人や地域のお手伝いをするといったような感じです。

NPO法人LAMPについて。

実際にこちらに来てみて、宣教師として活動するよりも地域の方と一緒に働くことの方が大事だと感じるようになりました。そこで宣教師としての活動は1年で終わりにし、2年目からは陸前高田市の復興支援団体(一社)SAVE TAKATAに入社しました。2013年にSAVE TAKATAで米崎(よねさき)りんご(陸前高田市米崎地域で栽培されているりんご)の加工及び商品開発を始め、その開発を続けていく中で、いくら加工品や関連商品を開発しても、材料となるりんご自体が無くなってしまったら意味がないのではないか、りんごを生産するということが大事なのではないかと思うようになりました。そこで2017年にSAVE TAKATAの米崎りんごに関わる事業を分社化し、米崎りんごの生産及び販売を行うこのNPO法人LAMPを立ち上げました。NPO法人LAMPは、米崎りんごの生産及び販売を通し、米崎りんごに関わる人や仕事を増やし、米崎りんごを後世につなぐことを目的にしています。現在のスタッフは5名で2か所で合わせて約0.6ヘクタールの土地を借り、若い苗木も含めると約350本の樹を管理し、りんごの生産を行っています。りんごの生産や販売の他に、年間を通して植樹会や収穫作業等のりんご栽培の農業体験の受入れも行っています。その他に一般企業で就労が難しいといったような悩みを抱えている若者を受入れ、りんごの栽培を通して自立を応援をする活動も行っています。

農業体験は、民泊修学旅行で陸前高田市を訪れた修学旅行生たちもしているのでしょうか。

そうですね。修学旅行の場合は、学校でというよりは民泊の受入れを行っているホストファミリーの各御家庭が、泊っている学生たちにりんご栽培の農業体験をさせてあげたいということで、個々に相談をいただき受入れを行っているという状況です。

学生たちの反応は。

教育旅行は、春の5~6月と秋の10月と年に2回あり、春に来る学生たちはまだ収穫時期ではないので、摘果作業等の作業をしてもらいますが、りんごを食べることは出来ず、秋に来る学生たちは自分たちで収穫したりんごを食べることが出来るという違いはあるのですが、屋外作業でお昼もそのまま外で食べることが多いので、学生たちは比較的伸び伸びと自由に作業をしているといった印象ですね。農業体験の一番の目的は、地域外の方に米崎りんごを知ってもらうことですが、今後は地域の若者、小中高生や、県内の農業系の大学、専門学校生等にもアプローチしていこうかなと考えています。

りんごの販売方法について。

現在はインターネットや電話等で注文を受付け販売をしています。その他に物産展等での販売もおこなっています。

主な販売先は。

今は首都圏の個人向け販売がほとんどです。首都圏在住の方や、洋菓子店等の個人飲食店に加工用として卸しています。加工用では最近首都圏以外の販売先も増えてきています。りんごは通常5kgや10kgを箱で売るというのが一般的ですが、都会では家族の人数が少なくもう少し小さなサイズが欲しいといったニーズがありますので、それに対応して少量での販売等も行っています。

首都圏での販売先はどの様に見つけられているのでしょうか。

東京には震災直後から陸前高田市を支援している団体がありそちらからの紹介であったり、また、これまでりんごを購入いただいたお客さんからの紹介であったりなど、人との繋がりですね。

樹になる米崎りんご

米崎りんごの魅力とは。

私は、以前はりんごというと家で出されれば食べるといった程度でした。東京で一人暮らしをしていた時も自分でりんごを買って食べるということはありませんでした。こちらに来て知り合いから米崎りんごをもらい、食べてみて、そのりんごのみずみずしさと味の濃さにとても驚きました。もちろん産地で新鮮で美味しいというのもあると思いますが、米崎りんごは時間が経ってもその味の濃さが失われません。昨年(2018年)の11月に収穫したりんごが、まだ私の自宅の冷蔵庫に残っているのですが、それだけ日数が経過したのにもかかわらず、まだ味が濃いままです。私はこのみずみずしさと味の濃さ、それが米崎りんごの一番の魅力だと思っています。

みずみずしく味の濃い米崎りんご

米崎りんごの生産者は減ってきているのでしょうか。

減ってきていますね。今、法人スタッフとしても一緒に活動している、地元りんご農家の30代の息子がいるのですが、彼は、祖父、父親ともにりんごの栽培をしてきています。彼もその後を継ぐつもりです。その彼が、親の世代(60代から70代)は周りに生産者がたくさんいて、皆で話し合いながら出来るけど、自分の周囲には同世代の生産者がおらず自分の代になった時、自分は一人でやっていかなければいけないのかと話していました。その彼の言葉がとても印象に残りました。「よし。それじゃあ、彼の仲間になろう。彼の仲間を増やそう。」と思ったのが、米崎りんごの生産を始めようと思った最初のきっかけでもありました。

米崎りんごの生産に取組むNPO法人LAMPの皆さん

こちらに移住されて大変だったことなど。

特に大変だったことは無かったです。今は結婚をして1歳になる子どもがいるのですが、子どもが生まれ、以前(お子さんが生まれる前のお2人だけだった時)の様に地域の自治会や行事への参加が段々難しくなってきていて、それが今大変かなと感じています。今後はどうしていこうか考えているところです。

地域への溶け込みなど。

地域の方には比較的すぐに受け入れていただいて、私もすんなりと入り込むことができたかなと思っています。

お住まいについて。

知り合いから紹介してもらい今は一軒家を借りています。

地域の交通について、不便という話をよく聞くのですが。

私はこの地域よりも更に田舎の地域で育ちましたので、(この地域で)車は必要だと思いますが、(地域の交通に関して)特に不満などは感じていないですね。もちろん(岩手県)内陸部へ行くときは、必ず峠を越えなければいけないのでそれは大変だとは思いますが、私はそんなに頻繁に行く方でもないですし、またもともとここにはあれが無いやこれが無いといったことを思わないタイプでもありますので、(この地域にあれが無いやこれが無いといったことについて)特に不満などは持っていないですね。

気候について。

私は寒いのと(歩くのが大変なので)雪が苦手なのですが、陸前高田市は(岩手県の)内陸に比べると雪は全然少ないですし、また寒さについても住んでいるうちに慣れてしまいました(笑)。

地域の良いところや大変なことなど。

大変なことは特には無いです。良いところは、この地域は旬の野菜やサンマ、ウニ等の海産物をたくさんいただく機会があります。いつもとてもありがたいと思っています。これは東京では考えられなかったことですし、また、出身の広島県でもあまりこういったことはありませんでした。この地域は海産物でも農産物でも収穫されたものがほぼそのままの状態で口に入ってきます。三陸の海というと世界有数の漁場ですが、その美味しい海の幸や、採れたての新鮮な山の幸を、そのまま口に入れることができるこの贅沢さを日々感じています。この地域に来てから食べ物についてはいつも恵まれているなと実感しています(笑)。

地域の方について。

私は生まれ育った地域から出てしまっているので、この地域で生まれ、育ち、また今もずっと住み続けているというのは、すごいことだと思っています。特に、商売等で家業を継がれている方を見ると、きちんとご自分の仕事に誇りも持っておられ、本当に素敵だなと思います。地域に根付いている商売というのは、ずっと必要とされてきているから続いているわけで、そんな風にずっと継承していくことが出来るというのは、とても素敵なことだと思います。また、陸前高田市も海沿いの街で(瀬戸内海は)内海、(太平洋は)外海といった違いはあるのですが、陸から海、海には養殖用の牡蠣イカダが浮かび、リアス式海岸で地形が入り組んでいるので、その先にまた島が見え、またその先に海が広がるといった光景は、生まれ育った広島の町とよく似ています。瀬戸内は水平線が見えず、こちらは(陸前高田市)広田半島の黒崎海岸や(大船渡市)碁石海岸からは真っ直ぐな水平線が見えるといったそのコントラストもとても面白いなと感じています。

移住・定住の取組について。

最近は、日本各地で移住・定住の取組みを行っていて、移住者の奪い合いという状況になってしまっているのかなと思います。もちろん、住む人が増え地域が活性化するということはとても良いことだと思いますが、私は普段からこの地域に住む方々にとてもお世話になっており、ここにこんなに頑張っている、こんなに凄い人がいると常日頃から感じています。私がもともとこちらに移住を決意した理由の一つには、この地域で育った若者に魅力を感じたということもありますので、外から来る人だけではなく、是非、地域の素晴らしい方々に目を向けていって欲しいなと思います。私が陸前高田市に来てから7年になりますが、この地域でずっと暮らしてきた人たちがいるからこそ、陸前高田市という街があり、これからもずっと生きていこうとしている人たちがいるからこそ、街が続いていくのだと考えています。外から来る人だけではなく、この地域に居て頑張っている人たちに是非焦点を当てていって欲しいと思っています。

今後について。

仕事では、今後若い米崎りんごの生産者が生まれるような仕組みづくりと、またその生まれた若い生産者がりんごの生産を生き生きと出来るような環境づくりをしていきたいと考えています。これから新しく米崎りんごの栽培を始める人たちの“道”づくりをしていきたいと考えています。仕事以外では、私は元々ゴスペルを中心にピアニストとして活動していて、現在、月2回陸前高田でもゴスペルを教えています。今後はより多くの方にゴスペルを楽しんでいただきたいと考えているので、そこに繋がるような活動をしていきたいと思っています。今後は米崎りんごの生産とゴスペル、この2つでこの地域の活性化に貢献していきたいと考えています。

市民芸能祭でゴスペルを披露する松本さん